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「憲法記念日」に思うこと

今日は『日本国憲法』が施行された日です。

●日清・日露戦争の勝利がもたらした意味とは?

 令和2年(西暦2020年・皇紀2980年)5月3日は日本国憲法が施行された日です。どの新聞にも憲法記念日として特集が組まれていることでしょう。

 拙ブログでは、正しい日本の歴史を知ってもらいたいために書いておりますので、もう一度日本国憲法をおさらいしてみたいと思います。

 日本国憲法は昭和21年11月3日に公布され、昭和22年5月3日に施行されました。

 これは11月3日に日本国憲法の内容が決まりましたという国民に半年間お披露目をして、その法的な効力が翌年の5月3日から始まったということです。

 爾来、73年間一度も修正や改正が行われて来ませんでした。

 ここで一つの問題を提起します。

 この日本国憲法が公布・施行されたこの時期は日本にとってどのような時期だったかを知る必要があります。

 昭和20年8月14日にポツダム宣言を受諾し、翌日の正午に玉音放送によって天皇自ら国民に戦争が終わったこと、そして降伏したことをお話されました。

 大日本帝国憲法下でも天皇の存在は国家元首ですが命令することはできませんでした。日本は鎌倉時代からある時期を除いては権威と権力が分離するという世界でもまれな支配構造になってきました。
 そのために、皇室が変わることなく萬世一系の安定した國體が続いてきたのです。もし、この國體がなければ、明治維新で日本国中が火の海となり、新政府は外国からの借金にまみれ、明治の産業革命も程遠いものになっていたことでしょう。

 新政府軍の掲げた「錦の御旗」の効果は水戸国学を学んでいた徳川慶喜公には絶大な効力を発揮し、軍事力的には圧倒的優位に立っていた幕府軍は総司令官である将軍の戦意喪失によって瞬く間に「大政奉還」が実現し、世界史でも稀有の政治体制の一新が実現しました。

 明治維新当時のアジアは欧米列強に植民地化されており、日本が欧米によって植民地化されなかったのは当時の日本人の英知と努力のたまものと深く感謝をしています。

 「もし、慶喜公が徹底抗戦をしていたら?」と想像するだけで背筋がぞごぞごするような戦慄に襲われます。ゆえに私は慶喜公は名君だったと評価する所以です。

 明治維新後も欧米列強の脅威は収まらず、治外法権や関税の自主権を持てないなどの不平等条約を改正するために、明治の先人たちは血を流しながらひとつづつ片づけていくのです。

 それが日清戦争であり、日露戦争の意味です。

 戦後の左巻きたちは、これを日本の軍国主義化の象徴のように言いますが、もし日本が日清・日露の戦いをしなかったら今頃どうなっているのでしょう。

 日清戦争は朝鮮半島の宗主権を清国から李氏朝鮮に取り戻した戦いです。清国の属国に過ぎなかった李氏朝鮮を曲がりなりにも大韓帝国として独立させたのは日本です。朝鮮人から見れば、宗主国が清国から日本に変わっただけと言われるかもしれません。

 しかし、日本の保護国となったことにより、朝鮮国内の様々な社会改革が行われ、国民が教育を受ける権利を持ったということを正当に韓国人も評価すべきだと思います。

 日露戦争でもし負けていたら、朝鮮半島は今頃ロシア語を話していたことでしょう。日本も大山巌・児玉源太郎のコンビと明石元二郎の欧州での働きがなかったら、今頃はロシアの衛星国の一つとして貧しい生活を強いられていたかもしれません。

 日清・日露の戦いを経て日本は国際社会でも独立国として認められ、持ち前の衛生観念と信義を通すお国柄のため、国際社会でも信用され、第一次世界大戦後に発足した国際連盟ではアジアで唯一常任理事国の一つとなっています。
 日清・日露の戦いと共に、日本が独立国であるという証でもある「大日本帝国憲法」を持ったことの意義はとても大きなものがありました。

●アメリカ・民主党とCHINAのずぶずぶ関係の始まり/追い込まれる日本

 CHINA大陸での各国との利権争いで、アメリカの脅威になってきた日本は、道をふさがれ、嫌がらせをされるようになります。

 アメリカが大正13年(1924年)、移民法を改正し世界からの移民の数を制限しますが、日本からの移民を一切拒否するようになります。

 だんだん悪化する背景には1933年にアメリカ大統領に就任したフランクリン・ルーズベルト大統領の存在が大きくあります。それまで第一次世界大戦で自国とは関係のない欧州でアメリカの若者が多数戦死したことを受け、モンロー宣言から孤立主義に走っていました。

 ですから第一次世界大戦後にアメリカの提案で発足した国際連盟にはアメリカが加入していませんでした。

 中華民国の蒋介石はアメリカに留学経験のある妻の宋美齢を活用し、ルーズベルトの妻エレノアとも親密な関係を築き、事あるごとに中華民国とアメリカを強い絆で結んでいきました。

 民主党出身のルーズベルトですが、この前後からCHINAにおける利権を民主党が多数持つようになり、それは今でも続いています。

 クリントン、オバマなど民主党から大統領が出るとCHINAと仲良くなるのですが、今の大統領のトランプ大統領は共和党でありCHINAとの貿易戦争が過熱していましたが、今回の武漢コロナウイルスにより、オールアメリカの反CHINAは決定的なものになったと思います。

 アメリカは蒋介石の妻宋美齢の働きで、親CHINAになっていきます。すると悉く日本の存在が疎ましくなり、対日戦を意識していきます。

 ABCD包囲網(アメリカ・ブリテン・チャイナ・ダッチ)が1941年7月の日本の仏印進駐によって決定的となり、日本はどんどん追い詰められるのです。

 当時、日本はドイツと軍事同盟を結び始めますが、蒋介石の国民党軍の軍事顧問団はドイツから派遣されたファルケンハウゼン将軍であり、軍の装備はドイツ製の武器でした。日本軍は優秀なドイツ製の武器や軍装で身を固めた国民党軍と戦っていたのです。

 ドイツも第一世界大戦後ワイマール体制で過大な賠償金を取られていたので、敗戦後の疲弊と共に国内の経済がむちゃくちゃな状況でした。ドイツ国民は政府を信用せず、ドイツ人としての誇りを失っていました。

 そんな時現れたのがヒットラーです。よくヒットラーは暴力を使って国内を掌握したと言われますが、一部ではありましたが、ほとんどは国民の投票によって首相の地位につき、圧倒的な国民からの支持で勢力を伸ばしていったのです。

 そして決定的な事件が起きます。ラインラント進駐(1936年)です。条約で非武装地帯と決められていた旧ドイツ領のラインラントに進駐をします。つまり軍を動かすのです。

 その時の英仏の対応がその後の第二次世界大戦につながったと言っても過言ではありません。

 イギリスのチェンバレン内閣は、国内の経済状況もあり、見て見ぬふりをするのです。つまり事なかれ主義でした。

 ヒットラーはもしあの時に英仏が軍事力を背景に強硬に出てくれば、撤退もあり得たと言っています。それほどまだドイツの軍事力は強くなかったのです。そしてラインラント進駐が失敗していたら、ヒットラーはあれほどドイツ国民から支持を受けられず、失脚したかもしれません。

 ということは第二次世界大戦は起こっていなかったかもしれません。

●第二次世界大戦前夜

 その時の軍事費の一翼を担ったのが中華民国への武器輸出だったのです。ですから今でもドイツとCHINAは仲が深いです。

 日本の政治家は当時から目の前のことしか見ておらず、地球儀的な視点が欠如していました。その点安倍総理や西村大臣等は地球儀的な外交ができる数少ない政治家だと評価しています。

 野党の政治家は戦前日本を戦争にさんざん煽った政治家と同じレベルだと思います。

 イギリスは1939年から始まった第二次世界大戦でドイツの猛攻を受け、フランスのダンケルクで大陸から追い落とされてしまいました。

 イギリス侵攻も目の前にして、どうしてもアメリカに参戦してほしかったのですが、ルーズベルトの3選での公約がヨーロッパの戦争に参戦しないというものがあり、お金や武器の供与もしていたのですが、参戦はできていない状況でした。

 びっくりすることにCHINAやはたまたソ連にまで武器を供与していたのです。国際法では参戦したのと変わりません。

 そして1941年11月26日ハルノートという文章が日本に送りつけられます。そこに書いてあるのは明治維新後に日本が獲得した領土のすべての放棄でした。

 到底受け入れることのできない日本は乾坤一擲の勝負に出ます。対米開戦です。

 そこでまたしてもアメリカの調略にのせられます。

 昭和16年12月8日に真珠湾攻撃から大東亜戦争がはじまると多くの日本人が思っているのですが、その一時間20分前にマレー半島のコタバルのイギリス軍基地に敵前上陸作戦が始まるのです。決して真珠湾のだまし討ちではないのですが、アメリカは国内で大々的に日本の狡猾なだまし討ちだと喧伝し、国内を参戦ムードに持っていきます。

 この知らせを一番喜んだのはチャーチル首相でした。

●占領下、なおかつ国際法違反の状態アメリカによって制定された『日本国憲法』

 そして1945年昭和20年に敗戦を迎えるのです。
昭和20年から27年まで日本は連合国の占領統治を受けます。
その時に輸出された日本製品には「maid in 0ccupaied JAPAN」と書かれています。
とっても前置きが長くなりましたが、日本国憲法はこの占領下で国際法違反の状態でアメリカによって制定された憲法なのです。
但し、日本国民として天皇陛下の名前で公布され、施行されたものですから私は遵守しています。
でも、日本国民として日本国にふさわしい憲法を制定しなければならないと思っております。


「井上政典のブログ」より転載
https://ameblo.jp/rekishinavi/

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