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故中曽根元首相の警鐘 憲法の欠陥、早急に是正を

《 記 者 の 視 点 》

 令和元年もあと残すところ4日となった。新しい年、2020年を新しい心で迎えるためには、旧年をうまく送らなければならない。政界では今年、多くの先達が亡くなったが、その中でも101歳の天寿を全うした中曽根康弘元首相は別格だ。そこで、重厚な「贈る言葉」でもあればいいのだが、残念ながら、記者の政治部経歴はちょうど中曽根政治に事実上、終わりを告げた1987年10月31日から始まった。

 当時、ニューリーダーといわれた自民党の竹下登幹事長、安倍晋三首相の父である安倍晋太郎総務会長、宮沢喜一大蔵大臣の3人のうち、中曽根首相が竹下氏を後継に指名した、いわゆる中曽根裁定の日だ。当時、記者は竹下、安倍両陣営の選対事務所があった赤坂プリンスホテル(通称、赤プリ)に詰め掛けた取材陣の中で、竹下陣営の会見場などを右往左往していた。


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