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左翼と闘う大阪の保守。左翼に尻尾を振る沖縄の保守

 保守といっても自民党のことではない。大阪の維新の会と沖縄の翁長前知事一派と自由党玉城デニー知事のことである。維新の会、翁長知事、自由党、玉城デニー知事は自民党ではないが保守である。

 大阪の知事選は維新の会から立候補した前大阪市長の吉村洋文氏(43)と自民党から立候補した元府副知事の小西禎一氏(64)の一騎打ちとなった。去年行われた沖縄の知事選は自由党の玉城デニー氏と自民党の佐喜真淳氏との実質上の一騎打ちとなった。大阪も沖縄も保守VS保守の選挙選になったのである。選挙の結果は大阪も沖縄も自民党ではない保守が圧勝した。ただ、同じ保守でも大阪と沖縄では支援する政党に大きな違いがあった。
大阪は維新の会候補と自民党候補の一騎打ちになったが、なんと、自民党候補を左翼の共産党、立憲民主や国民民主が応援したのである。自民党候補を共産党が応援するのはあり得ないことであるが大阪で起こったのである。共産党が自民党を応援するというのは全国でも大阪だけだと思う。沖縄では自民党候補を共産党が応援したことはない。
共産党は自民党候補と争った自由党候補を応援した。共産党だけでなく社民党、社大党、立憲民主、国民民主も自由党候補の玉城デニー氏を応援した。大阪で自民党を応援した政党が沖縄では自民党候補と対決する候補を応援したのである。

大阪では維新の会の吉村候補が共産党・立憲民主、国民民主が応援した自民党候補に圧勝した。一方沖縄では共産党、立憲民主、国民民主、社民、社大が応援した自由党の玉城デニー氏が自民党候補に圧勝した。

 大阪の共産党は弱くはない。むしろ強い。共産党が強いのは沖縄と同じである。1971年に日本社会党と日本共産党の支持を受けた黒田了一氏が府知事になったことがある。
そして、1975年には共産党単独の推薦であったが各党の支持層に深く食い込み、45万票の大差で黒田氏が再選された。共産党単独の推薦でも知事選に勝利するほどに大阪は共産党が強かった。共産党が強い大阪で2008年に自民党の推薦で立候補して知事選に勝利したのが橋下徹氏だった。
橋下徹氏は知事になると学力向上政策で日教組と真正面から闘った。日教組と闘うということは日教組を支持基盤にしている共産党と闘うことである。橋下氏は府知事・市長時代に日教組・共産党の反対運動と闘いながら教育改革に取り組んだ。その結果日教組の学校での権力を弱体化していった。自民党にはできなかった教育改革を橋下氏はやったのである。
「成田反対はゴネ得」、「日本は単一民族」、「日教組を解体へ」の発言に対して度重なる抗議を受けたために自民党は抗議に負けて黒田了一氏を国土交通大臣を辞任させたが、橋本府知事は黒田氏の日教組批判は正しいと公然と支持した。そして、斬新な教育改革を始めた。教育改革は日教組・共産党との厳しい闘いになった。共産党は橋下流教育改革を徹底的に批判した。
 日教組・共産党の圧力に屈さないで橋下氏の教育改革は進み、大阪の日教組と共産党は弱体化していった。
※日教組は教師は労働者である。教師にも表現の自由は憲法で保障されていると主張して。入学式・卒業式の時に起立して国家斉唱することを拒否し、着席して斉唱しない教師が多かった。着席して国家を斉唱しない教師の多くは共産党系である。着席し国歌斉唱をしない教師は大阪だけでなく全国に居て、それは黙認されていた。
 橋下徹氏が府知事だった平成23年6月に全国初の「国旗国歌条例」「起立条例」を成立させた。翌24年には、3回の職務命令違反で分限免職とする「職員基本条例」も成立した。
 「教師は労働者であり人間である。教員の精神の自由は、とりわけて尊重されなければならない」の主張に対して橋下氏は「教師は公務員である。起立国歌斉唱は公務員の義務である」と主張した。
 公立学校卒業式・入学式における「君が代」斉唱時の「不起立」に関し府教委は「戒告」「減給」処分を下した。「処分」を不服として教師は提訴したが、裁判では府が勝っている。
 
 大阪では保守の橋下氏が府知事・市長の時に徹底して共産党と対決していったが、沖縄は逆だった。
 沖縄では自民党のリーダーであった翁長雄志氏は自民党を離党して共産党に共闘を申し入れて知事選に立候補した。保守の翁長派と左翼の共産党、社大党、社民党が支持する翁長氏が自民党候補に圧勝した。
 普天間飛行場は県外移設を主張し続けていた翁長知事は国外移設・閉鎖撤去を主張している共産党などの左翼政党と共闘して、政府・名護市・県の合意によって決まっていた辺野古移設への反対を選挙公約にして県知事選に勝った。翁長知事が共産党と共闘したのは知事選に勝つのが目的であった。
世論調査である。
国外移設・・・26.7%
県外移設・・・26.1%
撤去・閉鎖・・・21.3%
辺野古移設・・・18.0%
わからない・・・7.9%
 国外。県外・閉鎖撤去の合計は74%である。三つに共通するのは辺野古移設には反対であることである。翁長氏は県外移設を主張していたが、県外移設を選挙公約にすれば国外移設・閉鎖・撤去の左翼政党と共闘することができない。自民党を離脱した翁長氏は左翼政党と共闘しなければ知事選に勝利することは難しい。知事選に勝つためには国外移設、閉鎖撤去の左翼政党と共闘する必要があった。翁長氏は知事選に勝つために左翼政党と共通する辺野古移設反対を選挙公約にしたのである。狙い通り翁長氏は知事選に勝利した。
 県外移設は26.1%しかない。国外・閉鎖撤去は48%である。翁長氏が知事選に勝利したのは左翼政党のおかげである。知事になった翁長氏は共産党には頭が上がらない。知事になっても共産党に尻尾を振り続けた翁長前知事であった。
 
前府知事の松井新市長は元自民党議員である。橋下氏の政治改革に賛同し、自民党を離脱して維新の会を結成した。吉村知事・松井市長は共産党と徹底して闘っている保守である。ところが翁長知事の後継者である玉城デニー知事は共産党と共闘して安倍政権が進めている辺野古移設に徹底して反対している。保守でありながら左翼に尻尾を振っているのが沖縄の保守である。保守より出でて革新保守なったのが大阪であり、保守より出でて左翼に染まったのが沖縄である。


「沖縄に内なる民主主義はあるか」より転載
http://hijai.ti-da.net/

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