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熊本地震あすで1カ月、移住決断する住民も

「危険すぎる」、南阿蘇村の立野地区は土砂崩れ復旧遠く

熊本地震あすで1カ月、移住決断する住民も

熊本県南阿蘇村の立野地区から避難している古閑英二さん(左端)と子供たち。三男と次女は通学先が変わる=2日、同県大津町

 熊本地震で大規模な土砂崩れに襲われた熊本県南阿蘇村の立野地区は、村の中心部から分断された状態が続く。隣町などに避難する住民は一日も早い帰還を望むが、相次ぐ余震や雨による新たな土砂災害の恐れに加え、交通やライフラインの寸断で復旧の見通しは立たないまま。発生から1カ月を迎える中、「帰りたいが危険すぎる」と移住を決断する人も出始めた。

 村の西端に位置する立野地区は、4月16日の地震による土砂崩れで国道が埋没。近くにある阿蘇大橋は崩落し、JRの線路も流された。中心部と結ぶ南阿蘇鉄道も復旧のめどさえ立たない。余震で土砂災害の危険があるとして、村は地区の全域に当たる約350世帯860人余りに避難を勧告。ほぼ全ての住民が地区を離れ、隣接する大津町の避難所や親族宅などに身を寄せている。

 自宅が一部損壊し、近くにあった実家も全壊したという会社員片島直知さん(22)は「生まれ育った場所に戻りたいが、今は土砂崩れに遭いに行くようなもの」と、断腸の思いで村外への転居を決断した。しかし、2人の子供の保育料も家賃も現在より上がるほか、家族向けの物件は競争が激しいといい、「(阿蘇山の)噴火しか心配していなかったが、まさか地震でこんなことになるとは」と頭を抱える。

 6人の子供を持つ運転代行業古閑英二さん(47)は家族で話し合った結果、小学5年の三男(10)と4年の次女(9)を避難所近くの大津町立小に通学させると決めた。三男は「友達と離れたくない」と言い、次女(9)は「(新しく)友達ができるから転校してもいい」と意見は分かれた。「避難所から村立小まで土砂崩れの恐れのある山道を片道1時間も通わせるのは抵抗がある」と古閑さん。大津町で新居を探すが「競争が激しい。仕事のつても一からつくらないと」とため息を漏らす。

 定年後、生まれ育った村に夫婦で戻って来たという大塚嘉雄さん(77)は「若者のように別の安全な場所で新たな生活を始めることは今さらできない。どうせなら故郷で死にたい。いつになるかは見当もつかないが、とりあえず家に戻れることだけが望みです」と話した。

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