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阪神大震災から26年、犠牲者しのび追悼の集い

神戸市中央区の東遊園地で、コロナでネットを通じて黙とうする人も

阪神大震災から26年、犠牲者しのび追悼の集い

阪神大震災から26年を迎え、母の名前がある銘板の前で手を合わせる佐藤悦子さん(手前)=17日午前、神戸市中央区の東遊園地(時事)

 あの日から26年。神戸市中央区の東遊園地で行われた阪神大震災の追悼の集いには17日、夜明け前から遺族や被災者らが訪れ、暗闇に浮かぶ灯籠の火を囲み静かに手を合わせた。新型コロナウイルスの感染拡大で例年より人出は少ないが、少しでも思いを共有しようとインターネット中継を通じて黙とうする人もいた。

 「今年も来たよ」。中学1年の娘と訪れた神戸市西区の派遣社員佐々木利香さん(45)は、犠牲となった高校の後輩に語り掛けた。アルバイト先が一緒で仲が良く、笑顔がとてもかわいい少女だった。火葬前に自身のピンク色の口紅を塗ってあげたことを思い出し、今でも涙があふれる。「まだ26年。街はきれいになったが、心の傷は癒えていない」と話した。

 同市の無職杉田哲夫さん(71)は「よう復興したと思う」と振り返った。ただ、倒壊した家から、娘の同級生だった小学6年女児と、同1年男児のきょうだいを救出した時の手の感触が忘れられない。「頑張りよ」と声を掛けると小さくうなずいたが、2人とも命は救えなかった。「生きとったら娘と同じ年やのに。二度と起こってほしくない」と語った。

 兵庫県加古川市の佐藤悦子さん(57)は、神戸市須磨区の実家に1人で暮らしていた母正子さん=当時(65)=の行方が今も分からない。震災の行方不明者3人のうちの1人だ。犠牲者らの氏名を刻んだ「慰霊と復興のモニュメント」に向かうと、正子さんの銘板の前に写真を置き、「助けてあげられなくてごめんね。こっちは元気でやっているよ」などと言葉を掛けた。

 追悼の集いはネット上でも実施された。ウェブ会議システムを利用して灯籠の火が揺らめく会場の模様が中継され、司会者の合図で黙とうをささげた。海外の参加者からチャット機能を通じ、「当時高校1年生だった。震災の日を思い返す機会は少なく、ありがたい」などの書き込みもあった。

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