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近藤英也・春子さん夫妻「神戸のため店続ける」

洋食店「グリル近藤」を60年営む、多額の借金を背負って店を再開

近藤英也・春子さん夫妻「神戸のため店続ける」

洋食店を営む近藤英也さん(右)、春子さん夫妻=2020年12月17日午後、神戸市中央区(時事)

 26年前の阪神大震災では多くの商店も被災した。洋食店「グリル近藤」(神戸市中央区)を営む近藤英也さん(84)、春子さん(84)夫妻の店舗兼自宅は震災で全壊。借金を背負って店を再開した。地元神戸のため、「元気な限り店は続ける」と心に決めており、震災前と同じ商店街に店を構え、変わらない値段で料理を提供している。

 近藤さん夫婦は1960年ごろ、神戸市内の別の場所で洋食店を開店。その後、今の店がある「春日野道商店街」で店舗兼住宅を借りた。移転当時は、周辺の工場に勤める人らで大にぎわい。春子さんは「めちゃくちゃ忙しいねん。ほんま次から次へとお客さんが来てくれた」と懐かしむ。

 ところが、95年1月17日早朝の震災で生活は一変。2階で寝ていた夫婦と息子は無事だったが、店と自宅を一度に失った。震災後はアルバイトをして生計を立てた。

 「街はぼろぼろになったけど、頑張ろう」。自分たちの年齢もあって迷ったが、常連客から「もう一回店をやってよ」と背中を押され、再開を決意。再建費用として1300万円を借り、97年に被災した店の斜め向かいで営業を再開した。

 ただ、月に13万円の借金返済と15万円の賃料の計28万円の支払いが重くのしかかった。英也さんががんを患い、点滴をしながら厨房(ちゅうぼう)に立つこともあった。「大変やったけどな、その時は何も思わへん。もう一度生活をやり直さないかんから」と英也さん。

 それでも、希望はあった。遅い時間になっても客足は絶えず、ランチから午後11時まで営業することもあるほどだった。必死で働き、借金は約9年で完済した。

 震災から月日がたち、近隣工場の撤退の影響などで商店街はシャッターが下りた店が目立つようになった。震災当時から営業する店は数軒しか残っていないが、メニューの値段は当時から据え置いたまま。「毎日食べとる人のためにね。『100歳までやって』と言ってくれた人もおる。店をやってお客さんが来てくれるから元気でいられる」と2人で笑った。

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