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「思い出の品」、震災拾得物の返却を終了へ

写真などを21年2月末で宮城県気仙沼市が震災10年の節目に決断

「思い出の品」、震災拾得物の返却を終了へ

宮城県気仙沼市から委託された一般社団法人「気仙沼復興協会」が保管する「思い出の品(震災拾得物)」の写真。津波で流出した油がにじんでいる=18日、同市(時事)

「思い出の品」、震災拾得物の返却を終了へ

避難所に設置されたテントで、がれきの中から見つかった持ち主の分からない写真やアルバムを整理する人たち=2011年4月10日、宮城県気仙沼市(時事)

 東日本大震災による津波で流され、持ち主不明となった写真などの「思い出の品(震災拾得物)」。宮城県気仙沼市は2011年6月から、こうした拾得物を持ち主に返却する事業を続けてきた。しかし、年々探しに来る人が減る中、震災後10年の節目を機に、21年2月末で終了することを決めた。

 同事業は、復興事業を請け負う一般社団法人「気仙沼復興協会」に委託。これまでに拾得物約100万点を洗浄、保管してきた。市内の複数の閲覧会場には、被災者1万人以上が探しに訪れ、約70万点が持ち主に返された。

 事業をいつまで続けるべきか、市は震災5年目以降、議論を重ねてきたが、復興も進み、来場者も減っていることから、10年を区切りとするのが最適だと判断した。

 事業終了後、持ち主の見つかっていない写真11万枚は、市内美術館に民俗資料として移管。写真の画像は全て市が保管し、所有者が見つかれば、画像データを印刷して提供する方針だ。

 終了を決めたことで、思わぬ副産物も。拾得物データベースを閲覧できる「市東日本大震災遺構・伝承館」に訪れる人はここ数年、月に数人だったが、終了の知らせを聞きつけ、11月は20倍程度に急増した。

 「実家は全壊し、車も2キロ先まで流された。写真も遠くまで流されたかもしれない」。市内在住で、大学2年のときに被災した小野寺亮介さん(29)は妻と共に同館を訪れた。結局、写真は見つからなかったが、久しぶりに故郷の昔の姿に思いを巡らせた。

 自らも家を流され、写真を探したことがある市の担当者は「返却終了をきっかけにもう一度探しに足を運んでもらい、1点でも多くの『思い出の品』が持ち主の元に戻ればうれしい」と話す。

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