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「神の手」「5人抜き」、輝き続ける足跡

世界が悲しんだ別れ、マラドーナさん死去、不滅の功績を惜しむ

「神の手」「5人抜き」、輝き続ける足跡

ボカ・ジュニアーズ時代、サポーターと一緒に喜ぶマラドーナさん(中央上)=1981年、ブエノスアイレス(AFP時事)

「神の手」「5人抜き」、輝き続ける足跡

ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会、決勝トーナメント進出を決め、メッシ(右)と喜ぶアルゼンチンのマラドーナ監督=2010年6月22日、南アフリカ・ポロクワネ(時事)

 「サッカーの神様」がいるならば、マラドーナは加護を一身に受けた選手と言えただろう。上背のない165センチに備わった頑丈な肉体。流れるようなドリブルに、卓越した得点感覚。得意の左足から繰り出すパスは、魔法のように相手の急所を突いた。水色と白のチームカラーが映えるアルゼンチンで、「10番」がよく似合った。

 25歳で出場した1986年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会は独壇場だった。初出場の82年スペイン大会では相手の反則に腹を立て、暴力行為で退場処分となるなど若さを露呈。左腕にキャプテンマークを巻いた4年後、目覚ましい活躍でチームを世界一に導いた。

 国同士の政治的な因縁もあった準々決勝のイングランド戦。二つのゴールは語り草だ。後半6分、ドリブルで中央に切れ込んでパスを出し、ゴール前に進入。DFがクリアし損ねたボールが上がると、左腕を振り上げながら懸命にジャンプした。体に当たったボールはGKシルトンの上をふわりと越え、ゴールに吸い込まれる。「ハンドじゃないか」。相手選手が主審に詰め寄って猛抗議したが、ゴールは認められた。試合後の本人の発言で、誤審は伝説へと変わった。「マラドーナの頭と、神の手のおかげ」

 4分後、今度はドリブルで世界を驚かせた。ハーフライン付近でボールを受け、1度、2度とフェイントして2人をかわす。敵陣で一気にスピードを上げると、止めに来た相手の逆を突いて次々と抜き去り、最後はGKもかわしてゴール。「神の手」ゴールに血相を変えたイングランドの選手たちも、「5人抜き」の神業には沈黙するしかなかった。

 準決勝のベルギー戦でも2得点。決勝の西ドイツ戦では左足の柔らかいタッチのパスで決勝点をアシストし、満員に膨れ上がったメキシコ市のアステカ競技場で誇らしげにトロフィーを掲げた。

 90年イタリア大会も旋風は続く。宿敵ブラジルを沈めたのは右足でのラストパス。準決勝では当時所属していたナポリの競技場でイタリアを破り、熱狂的な地元ファンを落胆させた。西ドイツとの決勝は複数の主力が出場停止の中で孤軍奮闘。0-1で敗れると、人目もはばからず号泣した。

 天才的なプレーを見せる一方、喜怒哀楽の激しさには人間臭さがあった。薬物使用の疑惑が絶えず、報道陣に向けて空気銃を乱射するなど、ピッチ外の騒動は数知れず。94年米国大会では禁止薬物の使用が発覚して大会から追放され、栄光に傷をつける形でW杯の終止符が打たれた。

 97年秋、最も愛着を感じていたブエノスアイレスの古い港町のクラブ、ボカ・ジュニアーズで引退。薬物依存や不摂生でたびたび体調を崩し、指導者としても2010年W杯南アフリカ大会で母国を8強に導いたのが目立つ程度だが、試合会場に姿を現すと常に大歓声に包まれた。天賦の才に恵まれ、人々に愛されたスーパースターだった。(時事)

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