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中村哲医師が銃撃され死亡、悲しみが広がる

ペシャワール会が記者会見、「あと20年やると言ったのに」

中村哲医師が銃撃され死亡、悲しみが広がる

銃撃され死亡した中村哲医師(時事)

中村哲医師が銃撃され死亡、悲しみが広がる

中村哲医師が襲撃された事件で記者会見するペシャワール会の福元満治・広報担当理事(左)ら=4日午後、福岡市中央区

 「武器ではなく用水路で信頼されてきた人。あと20年やると言っていたのに」。中村哲医師(73)死亡の対応に追われた福岡市のペシャワール会。記者会見した福元満治理事(71)は目を潤ませ、無念な胸の内を語った。

 福元理事には4日午後0時半ごろ、「銃撃されたが命に別条なし」と情報が入った。しかし、中村さんとは直接話ができていない状況で、「不安だった」という。同4時すぎ、現地の医師から死亡の連絡が来ると「信じられない。無念だ」と言葉を失った。

 同会ではこの日、会報を送る作業のため、中村さんを慕うボランティア二十数人が集まっていたが、死亡の報に一斉に泣き崩れた。中村さんの妻にも伝えると、「そうですか」と冷静に応じ、「今後のことが分かればそれも知らせてほしい」と話したという。

 中村さんは当初、アフガニスタンで診療活動をしていたが、2000年以降は用水路整備などの農業支援にも取り組み始めた。支援目標の口癖は「三度の飯が食えて、家族が一緒に暮らせること」。福元理事は30年来、そんな中村さんの姿を間近で見詰めてきた。

 「医師なのに自ら重機を操り、プロ同様の用水路を建設した。彼でなければこんなことできない」とたたえた。今後の活動については「基本的に事業を継続することに変わりはない」と明言。「アフガンの人たちのために続けていくことが、中村の遺志だと思っている」と決意をにじませた。

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アフガン・ナンガルハル州で人道支援活動中、運転手らも

 アフガニスタンで人道支援活動を続けるNGO「ペシャワール会」(福岡市)の現地代表、中村哲医師(73)が4日、東部ナンガルハル州を車で移動中に銃撃を受け、死亡した。州当局者によると、一緒にいた同会スタッフの運転手や護衛のアフガン人ら5人も死亡した。

 同会事務局などによると、現地時間の4日午前7時ごろ、中村医師らは拠点にしている東部の都市ジャララバードを車で出発。約25キロ離れたかんがい用水路の工事現場へ向かう途中で銃撃された。

 中村医師は右胸付近を1発撃たれ、ジャララバードの病院に搬送された。搬送当初は意識があり、首都カブール近郊の病院にヘリで移送される予定だった。AFP通信によると、搬送中にジャララバードの空港で死亡したという。

 同会のホームページなどによると、中村医師は福岡県出身で、九州大医学部を卒業後、国内の病院勤務を経てパキスタンで活動。現地でハンセン病治療や一般診療に携わった。1989年からアフガン国内に活動を広げ、農村復興のための井戸掘りや用水路工事にも尽力。03年に「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞したほか、18年にはアフガン政府から勲章を授与された。

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