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元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん死去、92歳

現場主義の「小さな巨人」、難民支援・国際協力に尽力

元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん死去、92歳

元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん=2013年12月、東京都千代田区(時事)

元国連難民高等弁務官の緒方貞子さん死去、92歳

ギニア南東部の難民キャンプで、シエラレオネ難民に手を振る国連難民高等弁務官の緒方貞子さん=1999年2月(AFP時事)

 女性初の国連難民高等弁務官を10年間務めた緒方貞子さん(92)は、小柄な体で常に難民の安全を考えて行動する姿から「小さな巨人」と呼ばれた。1989年の冷戦終結後に相次いだ民族・宗教対立による紛争と暴力への対応で現場主義を貫き、時に国連安保理へ出向いて大国に行動を強く促した。

 「日本は生活や文化の程度において、非常に立派な国だと思う。そうした日本の中で生きる自分は、そうではないところで生きる人々に対して、何か役割を果たせるのではないかという思いを持ってほしい」

 緒方さんが2012年に時事通信のインタビューで、若者に呼び掛けた言葉だ。自身はヘルメットと重い防弾チョッキを身に着け、とにかく紛争地に足を運んだ。

 91年に高等弁務官に就任して早々、対応に当たったのが湾岸戦争を機にイラク北部に大量に発生したクルド難民の問題だった。隣国トルコは、国内でクルド人武装勢力との対立があるため、クルド難民を受け入れず、クルド人はイラク北部に取り残されていた。

 難民条約上では国外に逃れた人を「難民」と呼び、この当時、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援対象は国外に逃れた難民だけだった。緒方さんはこの慣行を破り、クルド人の救済を決断、イラク内に設けた「安全地帯」に世界中のUNHCRの職員を集結させた。安全地帯のため、ブッシュ(父)米大統領(当時)に直談判し、米軍の駐留期間延長の確約も取り付けた。

 緒方さんは、自身の判断基準を「『生きてもらう』ということに尽きるんですよね。いろんなやり方があっても、それが大事なことだと思いますよ。それが人道支援の一番の根幹にある」(著書「共に生きるということ be humane」)と説明している。

 UNHCRを離れた01年に設置された人間の安全保障委員会で、ノーベル経済学賞受賞者のアマーティア・セン氏と共同議長を務め、報告書「いまこそ人間の安全保障を」で生活や尊厳が危険にさらされている人々のために行動する枠組みを提案した。その後、03~12年まで国際協力機構(JICA)理事長を務めた。(ニューヨーク時事)

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