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葛西紀明選手、8度目の五輪を終える

妻怜奈さんや姉紀子さんら、最愛の家族と飛んだ冬

葛西紀明選手、8度目の五輪を終える

ソチ五輪後、妹久美子さん(中央)にメダルを披露した葛西紀明選手(左)。久美子さんの右は姉の紀子さん=2014年3月(紀子さん提供)

 最愛の家族の思いを乗せ、葛西が平昌の夜空を飛んだ。五輪最終種目の団体ラージヒル。「家族の前でメダルを取れたら、とずっと思っていた」。表彰台の願いこそかなわなかったが、8度目の五輪で初めて会場を訪れた妻怜奈さん(33)や姉紀子さん(48)らに、懸命に表彰台へ挑む姿を見せることができた。

 4年前のソチ五輪では銀と銅の2個のメダルを獲得する大活躍。帰国直後、高校時代から闘病生活を送る5歳下の妹久美子さんを北海道名寄市内の病院に見舞った。メダルを自分の首に掛けて「こんなに重いんだね」と喜ぶ久美子さんの笑顔。3歳上の姉紀子さんは「(妹の姿を)ほほ笑ましく見ていた」と当時を振り返る。久美子さんは2015年5月末に意識を失い、翌年1月に38歳の若さで亡くなった。

 久美子さんは「アッキー」と慕う兄の活躍をいつも楽しみにしていた。葛西は「妹がつらい思いをしてきたから、自分に降りかかってくることは全然つらくない」と言っていた。日本が団体金メダルに輝いた1998年長野五輪でメンバーから外される挫折や、度重なる大けががあっても、妹の応援が乗り越える力だった。紀子さんは「すごくショックだったと思うけど、妹の思いを胸に頑張りたいという気持ちは続くと思う」。

 この4年間は、ソチでメダルを取った直後に国際電話でプロポーズした怜奈夫人に支えられてきた。栄養量を計算した手料理で、ジャンプ選手につきものの減量もスムーズ。今季は「試技をやめたら」という何気ない助言で集中力が増し、調子が上向いたこともあった。久美子さんが亡くなった約半月後に、長女の璃乃ちゃんが誕生。ジャンプ台では、2歳になったまな娘が平昌に来て寒がっていないか、心配する父親の顔があった。

 「今まで通ってきた道には、つらいことや悲しいこともあったけど、結婚して子供もできた。そういったことが、ここまで続けている理由だと思う」。妻子や姉、亡き妹とともに飛んだ8度目の冬だった。(時事)

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