ワシントン・タイムズ・ジャパン

米世論戦で勝った日露戦争

佐藤 唯行

「ユダヤを味方にせよ」

獨協大学教授 佐藤 唯行

 大国ロシアに対して乾坤一擲(けんこんいってき)の戦いを挑んだ明治政府。屈指の米国通、金子堅太郎男爵に密命を託した。米国内で友好的な対日世論を盛り上げ、ころあいをみはからって講和仲介の労を米大統領に頼めという命令だった。長期戦には耐えられぬ国力の乏しい日本。苦肉の戦略だった。託された責務の重大さに金子は「三寸の舌のあらん限り各所で演説してまわり、三尺の腕の続く限り筆をもって書きましょう」と覚悟の程を語ったそうだ。こうして開戦劈頭、1904年2月24日、アメリカへ向けて出港したのだ。以後、1年3カ月の長きにわたり米大陸を東奔西走し、米国民の日本への同情心を盛りあげるべく、広報・宣伝活動に尽力したのだ。


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