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国連「敵国条項」史観克服を

太田 正利

反日イメージ拡散の源

評論家 太田 正利

 暑い夏日の8月15日(1945年)は、「大東亜戦争」(アメリカ風に言えば太平洋戦争)終戦の「詔書奉戴記念日」で、日本によるポツダム宣言受諾の発表日だった。(当時、朝からのラジオ放送は12時に重大放送があると繰り返していたが、まさか敗戦とは中学3年の筆者も想像していなかった)。事実上の戦闘終結(ソ連がらみを除く)だが、真の終戦は降伏文書の署名、調印が行われた9月2日だった。すなわち、同日東京湾に入港していた戦艦ミズーリ号艦上で、マッカーサー最高司令官及び連合国各国代表と日本側重光・梅津両全権との間で降伏文書の調印式が行われたのである。

 したがって、正式な終戦日は9月2日ということになる。さらに、1952年4月28日の対日平和条約の発効をもって日本が独立を回復した点については、筆者が以前指摘しておいたとおりである。


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