ワシントン・タイムズ・ジャパン

チェチェン紛争に見るロシアの政軍関係

乾 一宇

政治決定された武力行使 介入に批判的だった軍首脳ら

ロシア研究家 乾 一宇

 スターリンの苦心した民族政策、そのパンドラの箱を不用意に開けたゴルバチョフ政権末期、ソ連邦軍は、本来国内保安軍の任務である国内の民族問題に最高司令官である大統領の命令で、国民に銃を向けることになった。例えば、1989年4月のトビリシ、91年1月のリトアニアの武力行使(血の日曜日事件)である。その結果、軍は議会や国民の猛烈な非難に晒(さら)された。だが、出動を命じたゴルバチョフ氏は、我関せずの態度を取り、軍を擁護しようとしなかった。本来あるべきことではないが、軍はある政治家の下では自ら考え、判断しなければならないという経験をした。

ソ連崩壊受け独立宣言

 91年9月、リトアニアなどバルト3国は、ソ連邦からの離脱・独立を承認された。この3カ月後、ソ連邦そのものが崩壊し、他の連邦構成(民族)共和国も独立した。


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