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“被害妄想”のロシア新安保戦略

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

米欧を「脅威」と位置付け
伝統的な価値観への回帰表明

中澤 孝之

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 プーチン・ロシア大統領は7月2日、軍事や外交、内政の指針となる新たな「国家安全保障戦略(以下・安保戦略)」を承認した。安保戦略は6年ごとに改訂されるもので、今回の安保戦略文書は2015年安保戦略の改訂版である。

 新安保戦略は、近年のロシアと米欧との関係悪化を背景に、米欧を「脅威」と位置付けし、「ロシア封じ込めを目的とした政策」に対抗するため、主権や領土の一体性の強化、国防、内政干渉阻止が「死活的に重要」などと主張する内容になっている。

NATOに警戒感示す

 新安保戦略は44ページ、106項目で構成され、ロシアを取り巻く状況に関し、「幾つもの国がロシアを脅威、さらには軍事的敵対国と呼んでいる」と反発、「非友好的な国々」が「抗議行動を扇動して過激化させ、ロシア社会を分断する」ために、ロシアの社会・経済の問題に付け込もうとしていると訴えた。「一部諸国の行動は、ロシアの伝統的な同盟諸国との関係を破壊するために独立国家共同体(CIS)の解体プロセスを推進することを目的としている」とも述べた。

 また、「ロシアとその同盟諸国に対し、軍事的圧力をかけようとする試みや、北大西洋条約機構(NATO)によるロシア国境付近での軍事インフラの拡大」などが、ロシアに対する脅威となっていると指摘し、NATOへの警戒感を改めて表明。米国については、米露の中距離核戦力(INF)全廃条約の失効を念頭に、「米国は軍備管理分野で国際的義務を拒否する方針を一貫して採っている」と批判した。

 さらに、米国による欧州と、日本を含むアジア太平洋地域への中距離ミサイルの配備計画に関しても、「国際安全保障上の脅威」と牽制(けんせい)。「ロシアの主権と領土の一体性を脅かす外国の非友好的行動」に対しては、「必要な対称的・非対称的な措置を採ることは正当と考える」と警告するとともに、ロシア軍の核抑止力維持や戦闘能力向上の必要性を訴えた。

 外交に関しては、世界の不安定化は「米欧が自らの世界覇権を守るため、ロシアなど新興勢力の台頭を阻止しようとしている」のが原因だとする世界観を披露し、これに対抗するために、中国とインドとの関係を重視する方針を明記した。対日関係には触れていない。また、「経済安全保障」の観点から、新型コロナ感染症の国産ワクチンの製造・普及のほか、米ドルの利用を減らす方針やサイバー安全保障の確立なども盛り込んだ。

 また、新安保戦略は「米欧はロシアの内政に干渉し、政権に対する抗議行動を支持するなどして社会を分断し、不安定化させようとしている」と主張。ロシアは、危機に瀕している米欧の自由主義と一線を画し、「伝統的な価値観」に立ち返ると表明して、反体制派弾圧などに対する米欧の批判をかわす姿勢を鮮明にした。さらに「米欧はインターネットを利用してロシアに無縁の価値観を押し付け、過激主義やテロ活動を助長している」と警戒感を示して、ネット規制の必要性を強調している。

 英国王立防衛安全保障研究所のシニア客員フェローでロシアの安全保障問題の専門家マーク・ガレオッティ氏は、新安保戦略のかなりの部分に、第12代ロシア連邦安全保障会議書記であり、プーチン大統領のインナーサークルの中で最もタカ派の人物の一人、ニコライ・パトルシェフ氏(70)の見解が取り入れられていると分析している。ロシアは事実上、既に西側との宣戦布告なき戦争の真っ只中(ただなか)にあるというのがパトルシェフ氏の信念だという。

 また、この戦略文書では「伝統的なロシアの精神的・道徳的価値観、文化、および歴史的記憶の保護」に、全く新たな重点が置かれているとガレオッティ氏は指摘する。

今後6年間有効な法律

 ガレオッティ氏はこうした内容のロシアの新しい安保戦略文書を「被害妄想の憲章」と名付けた。今後6年間、その「被害妄想の憲章」は法律として有効なのである。

(なかざわ・たかゆき)

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