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中国共産党100年祝賀行事に違和感

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

党が国家を腕力で統治
習専制体制長期化の弊害懸念

茅原 郁生

拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

 中国は7月1日に天安門広場に7万余人のそれぞれのユニフォームを着た国民を集めて、「中国共産党創党100年記念大会」を開催した。天安門上の観閲台には、多くの党主要幹部と長老が揃(そろ)い、習近平党総書記が1時間もの長演説をぶった。

 周知のように習近平氏が共産党トップの座に就いてから国民に「中国の夢(偉大な中華の復興)」を呼び掛け、強国路線を走ってきた。その時程的な目標区分には二つの100周年記念(創党100年と建国100年)行事が掲げられ、前者では「小康(比較的ゆとりある生活)社会の全面実現」が、後者では「世界の最前列に立つ最強国」が目標に掲げられていた。ここで問題は、まず創党100年の成果は目標を達したのか、次の100年に向けた共産党統治体制は準備できているのか、米国との対決を辞さない習体制は国内外に山積する多くの課題にどう対応するのか、等が浮上してくる。

本当に小康社会実現?

 ちなみに習演説の趣旨(筆者要約)は、「社会主義だけが中国を救い、発展させる。共産党の指導下で初めて偉大な中華の復興がある」と共産党の功績を誇示した上で、「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現することは党の歴史的任務だ」「中国の軍隊を世界一流の軍隊に強化するが、『党が鉄砲を指揮する』原則は堅持する」と述べた後に小康社会を全面実現したと結んでいた。

 そこには幾つかの疑念があり、その第一は、共産党独裁下で小康社会の全面実現は本当にできたのか、である。これまでの中国経済の高度成長は、世界貿易機関(WTO)加盟に当たって途上国条件など優遇条件下で達成できたが、新冷戦下で難しくなる上、国内の経済格差が拡大する中で共産党統治の正当性を国民に説得できるのかが注目される。

 第二に習一強化が進む中で、共産党独裁体制の世代交代は円滑に進むのか、の問題である。これまで党トップ指導者の交代は国家主席の任期に準じて2期10年の期限とされ江沢民、胡錦濤から習近平へと政権は平穏に引き継がれてきた。しかし習主席は、トップ就任早々に「国家主席2任期の規定を無期限に憲法改定し、一身に集権化を急いできた。従前の例では第20回党大会(二十大)を前に次世代指導者候補が選出・公表され、見習い期間を経て次世代に引き継がれてきたが、異例にもこれまでのところ次世代のトップ候補の選出はない。

6月30日、北京の中国共産党100年を祝う展示物(UPI)

6月30日、北京の中国共産党100年を祝う展示物(UPI)

 実際、習一強の長期化を裏付けるように、上海で100周年を振り返った展覧会が催され、習主席自身が参観した大々的な報道もあった。その展覧状況は毛沢東の過度の礼賛と習主席の持ち上げが伝えられ、注目された。前者・毛沢東は「建国の父」として大々的に扱われ、1000万人の餓死者を出した1950年代の大躍進政策や、70年を挟む10年もの文化大革命の大混乱の歴史的な誤りが指摘されながらの礼賛であった。後者は習総書記の「貧困撲滅やコロナ対策」などの功績が最大級に称賛されており、今日の経済大国の礎を築いた●(「登」の右に「おおざと」)小平の評価に比して違和感さえ抱かせた。

 二十大以降も習近平氏が党規約を変更してでも総書記の座に座り続けるか、毛沢東時代の体制に戻して「共産党主席」に組織替えをするか、いずれかの形で習体制が長期化し、毛沢東的な習専制体制の長期化による弊害の不安と、教条的な路線の国際情勢への刺激が懸念される。

 第三に、中国が世界の最前列に立つ建国100周年の目標を達成できるか、の問題である。中国にとって強国化路線は巨大人口に支えられてきたが、世界人口の5分の1を占める大人口も少子高齢化の波に襲われることが見えてきた。人口ボーナスを享受する暇もなく少子高齢化時代を迎え、国内的に拡大する格差、党の情報統制が効かないデジタル化社会の広がりなどの条件下で、ナショナリズムの強要だけで次の建国100年で最強国家が実現できるのか、の課題の重さをどう見るのかの問題である。

締めくくりは「党万歳」

 中国が共産党のための国家である時代はいつまで続くのか。軍隊まで出動させた華麗な記念式典での長い習演説の締めくくりが、「中国万歳」ではなく「中国共産党万歳」だったことに習体制の本音がみられ、「党が鉄砲を指揮する」腕力で治める、国家と党を公私混同する統治体制に、改めて違和感が湧いてきた共産党100周年記念行事であった。

(かやはら・いくお)

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