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1964年の東京五輪と沖縄

宮城 能彦

日の丸を振り聖火歓迎 「我々も同じ日本人」と確認

沖縄大学教授 宮城 能彦

 1964年の東京オリンピック。

 当時私は4歳だったので、直接の記憶がないのが残念である。しかし、当時の沖縄社会の雰囲気や、沖縄県民にとって64年のオリンピックがどんな意味を持つかという話は多くの先輩たちから聞いてきた。

 一昨年の大河ドラマ「いだてん―東京オリムピック噺(ばなし)―」では、聖火を何としてでも沖縄で走らせ、沖縄の人たちに日の丸を振ってもらうのだという田畑政治の活躍が描かれていた。私はそれに素直に感動し、今でも時々録画していた映像を見ることがある。

 64年のオリンピックは、確かに、沖縄を含めた日本人が一丸となり成功させた日本の歴史に大きく残るイベントであった。そして、沖縄県民(当時は「県民」ではないがあえて県民としたい)にとっては、「我々も同じ日本人なのだ」という、日本人としてのアイデンティティー確認のための祝祭的時間でもあった。

米国民政府は使用黙認


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