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武田信玄生誕500年と信玄堤

濱口 和久

我が国の治水技術の始祖 洪水被害緩和し農業生産安定

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

 先日、甲斐の国(山梨県)を支配した武田信玄の居城だった躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)跡を5年ぶりに訪れた。信玄が残したとされる言葉に「人は城、人は石垣、人は堀」がある。このため「信玄は居城の防備を固めなかった」というイメージが強い。

 実際には、躑躅ヶ崎館は、天守や堅牢な石垣はなかったが、西郭(にしくるわ)、味噌郭(みそくるわ)が設けられ、堅城の構えを誇っていた。現在は武田神社となっている。神社は大正8(1919)年に信玄を祭神として創建される。今年は信玄生誕500年ということで、例年よりも武田神社を訪れる人が多いようだ。

 信玄は戦国時代、最強の武将として歴史に名を残しているが、治水対策でも優れた能力を発揮したことはあまり知られていない。

自然力利用し水勢減殺


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