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国民国家の役割を考える

哲学者 小林 道憲

国境で不法移民・送金阻止
社会の混乱防ぐ免疫システム

小林 道憲

哲学者 小林 道憲

 われわれが営んでいる国民国家は、19・20世紀の近代世界が生み出し、つくり上げてきたものである。国民国家は、国境によって区分された領土を持ち、その領土内の国民を支配する強力な国家である。それは、対外的には、自衛権と外交権を持った主権国家であり、そのために、独自の軍事力を持っている。対内的にも、国民国家は、独自の法体系を持ち、立法、行政、司法、それぞれの制度を確立している。

国境強化の動きが加速

 国民国家は、このような対外・対内にわたる強力な権力の下、通貨を統一し、国民経済を営む。さらに、その人材育成のために教育制度を整え、初等教育から高等教育に至る学校制度を持っている。また、国民国家は、国民の意思統合のために、国旗・国歌を定め、共通の言語を制定し、国民文化を育成して、国民の帰属意識を高める。19・20世紀は、このような主権を持った国民国家の集まりが世界とみられてきたのである。

 特に、国民国家における国境の役割は重要である。国境は極めて人為的なものだが、国家の内部の自己の確立のために、外部との区別を行う。そのために、国民国家は、国境防備や入国管理などを徹底する。ウイルスや疫病の侵入を防いだり、難民の流入を防いだり、脱税や不法送金を摘発できるのも、防疫や入国管理、税関などのシステムがあればこそである。

 ときには、今回のパンデミック防止に見られたように、国民国家は、国境閉鎖もできる強い権限をもっている。欧州連合(EU)も、国境をなくして、人々の移動を自由にしてきたが、コロナのために国境を一時閉鎖した。このような国境強化の動きは、イギリスのブレグジット(EUからの離脱)など、コロナ以前からあったのだが、コロナはこの動きを一気に加速させた。

 なるほど、交通・通信機関の目覚ましい発達とともに、現代では、ヒト、モノ、カネの巨大な流れが国境を越えて激しく動き、われわれはすでに国境を飛び越して、ますます世界に開かれている。この交通・通信のグローバル化、世界経済のグローバル化が、現代の地球文明の発展に寄与した点は計り知れない。19・20世紀の近代文明は、政治的には国民国家によって担われてきたが、21世紀の現段階では、高度情報化や経済依存度の高まりによって、国民国家の機能が低下してきたのも確かである。

 しかし、だからといって、国境を完全になくして、人々の無制限な移動を承認し、不法移民でも不法送金でも、無制限に受け入れていったなら、闇経済や麻薬取引、人身売買や不正投票、国際犯罪が横行し、国家社会はかえって混乱し無秩序化するであろう。不法移民受け入れを緩和しだした現代のアメリカにも、その恐れはある。このような混乱や無秩序化を防ぐには、国境を防衛する国民国家システムはなお有効であろう。新しい統合の方向に向かっている21世紀の文明においても、なお国民国家の役割は大きいと言わねばならない。

 われわれの国家システムは、動物で言えば、免疫システムに似ている。免疫は、外から押し寄せてくる異物を排除すると同時に、生体にとって必要なものは受け入れ同化する。完全閉鎖しても、完全同化しても、生命の自己は維持できない。両者の微妙なバランスをとって働いているのが、免疫システムである。この矛盾したものを統合する働きがなければ、生命の自己は確立できない。国民国家も、国際社会にあって、ちょうど生体における免疫システムのような役割を果たしているのである。

在り方修正しつつ存続

 21世紀も、国民国家の役割がなくなってしまうわけではなく、無用になってしまうわけでもない。国際的な対立を起こすのも主権国家であるが、その解決をするのも、依然として主権国家である。少なくとも、今世紀は、国民国家の在り方を修正しながら、この現代文明を営んでいく以外にないだろう。

(こばやし・みちのり)

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