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『言志四録』に学ぶ老いの人生

メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

佐藤一斎の養生の秘訣
ゆっくり、じっくり、しっかりと

根本 和雄

メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

 “春風を以(もっ)て人に接し、秋霜(しゅうそう)を以て自ら粛(つつし)む”(「言志後録」33)。これは、よく知られた江戸時代の儒者である佐藤一斎(一斎は号、名は坦(たん))(1772~1859)の後半生の四十余年にわたる随想録『言志四録』(言志録・言志後録・言志晩録・言志耋録(てつろく))で述べている。即(すなわ)ち“人には寛大に、己には厳しく”と。これは、人生への警鐘の言葉ではなかろうか。

 また、「教育関連法案」の衆議院での論議の中で(平成13年5月)、当時の小泉総理が引用した言葉が次の「三学戒」の名文である。“少にして学べば、則ち壮にして為(な)すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず”(「言志晩録」60)。これは、正しく“学ばざれば、則ち老いて衰う”(『近思録』)ということに他ならないと思う。

大事なのは心の持ち方

 さて、老いを豊かに生きる養生の秘訣(ひけつ)について、こう述べている。

 “老人の自ら養うに四件有り。曰(いわ)く和易(わい)、自然、逍遥(しょうよう)、流動、是(こ)れなり。諸(もろもろ)激烈の事皆害有り”と(「言志耋録」308)。

 即ち「老いて自ら養生するには、①気持ちがおだやかなこと②自然のままにして焦らないこと③ゆったりとして落ち着いていること④物ごとに捉(こだ)わらないこと。そして急激なことは、養生の妨げになる」と。

 つまり、<焦らず・捉(とら)われず・拘(こだわ)らず>。 即ち、“ゆっくり・じっくり・しっかり”と、ということではなかろうか。

 また、大事なことは、心の持ち方(心構え)ということだと思う。

“心は平なるを要す。平なれば則ち定まる。気は易(い)なるを要す。易なれば則ち直し”(「言志晩録」6)。即ち「心は常に平静であることが大切であり、心が平静であれば心が安定し、気持ちが安静であれば、何事も素直である」と。

 また、“凡(およ)そ患は易心に生ず。慎まざる可(べ)からず”(「言志耋録」131)。即ち、「全ての禍は侮る心から生ずるのであるから慎まなければならない」と諭している。

 このように、晩年の人生について、一斎はよくよく心に留(とど)めることを解(わか)り易(やす)く述べている。従って、どのような「心構え」で老いの人生を歩むかということは極めて重要なことではないかと思うのである。

 なぜならば、心の持ち方が私たちの身体に与える影響は実に計り知れないものがある。解り易く述べれば、心の持ち方が神経系を通じて身体(からだ)全体の免疫系に影響を与えているということである。これが、今日注目されている「精神神経免疫学」という考え方である。

 従って、心が落ち着いて安定しているということは、心に余裕が生じ、物事に対して前向きにポジティブに対処することが可能になってくるのだと思う。

 例えば、“快楽は心に在りて事に在らず”(「言志耋録」73)と。即ち「楽しみは心の内にあるので、決して自分以外の物にあるのではない」という。

 また、“長・短は我に在りて、日に在らず。久・速は心に在りて、年に在らず”(「言志耋録」139)と述べている如(ごと)くに、「日時の長い短いは、自分の心持ち如何(いかん)によるのであって日時そのものによるのではないし、久しいとか、速いというのも心の持ち方次第で、年そのものによるのではない」という。

 さて、佐藤一斎の「死生観」は、“昼夜は是れ一日の死生にして、呼吸は是れ一時の死生なり。只(た)だ尋常の事のみ”と(「言志耋録」337)。即ち「昼と夜とは一日の生と死であり、吸う息と吐く息とは、一時の生と死であって、ただこれは日常の事である」と「生死一如(しょうじいちにょ)」の死生観を述べている。

世のため人のため養生

 そして、佐藤一斎は“養生が世のため人のためという公共心から出るならば、その養生は真の養生となり得る”(「言志耋録」137)と述べている。

 おわりに、佐藤一斎の書き残した『言志四録』を味わいながら深く思うことは、努めて養生を心掛け、与えられた生命(いのち)を少しでも誰かのために役立つように全うしようと念ずる思いである。そして、次の言葉を胸に秘めながら。

 “養生するは、死を善くせんがためなり”(室町後期の医学者・曲直瀬(まなせ)道三(どうさん)『養生物語』)

(ねもと・かずお)

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