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日露戦争明石工作とブンド

佐藤 唯行

ポーランドで後方攪乱

獨協大学教授 佐藤 唯行

 日露開戦の8カ月前、1903年6月8日、日本陸軍参謀本部の会議の席上、慎重論に傾く大山巌参謀総長に抗して、少壮参謀たちはロシアの内憂を理由に戦勝の可能性を強く主張した。ロシア国内には社会主義を奉じる革命派が跳梁している。とりわけブンドと称する遊堕民が一大勢力をなしている。だから日露開戦の後、ロシア側の挙国一致は難しいという内容だ。

 当時、ユダヤ人を表す漢字表記としては猶太人という当て字が一般に用いられていた。


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