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ロシア開発の新型コロナワクチン

ロシア研究家 乾 一宇

臨床データは公表せず
治験最終結果待たず量産開始へ

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 新型コロナウイルスの流行が始まって8カ月、ワクチン開発競争が熱を帯びている。世界保健機関(WHO)によると7月末時点で、開発中のワクチンは165種類、うち26種類が治験(臨床試験)を始め、治験最終段階にあるのは6種類で、承認されたものはない。ワクチン開発は、安全性と有効性が求められるので、多大の時間を要する。

 予防ワクチンは、病原体そのもの、ウイルスを培養して作るのが一般的である。培養に時間を要し、人手がかかるので、発想を変えた開発方法も出てきた。その一つが病原体の遺伝子の一部をワクチンとして接種する方法である。ただ、人に実用化された例はまだなく、安全性や有効性の検証のハードルが高い、といわれる。

遺伝子使った非複製型

 6月中旬の米紙は「プーチン大統領の、秋までに新型コロナウイルスのワクチンを開発せよとの難題に、ロシア最強の科学者らが応えるべくシベリアの国立研究所や軍駐屯地で奮闘している。研究所ではラットで実験が行われ、駐屯地では臨床試験のため軍人が隔離されている。期限に間に合わせるため、ロシアは軍を巻き込み、試験の承認期間を短縮し、臨床評価を加速させている」と報じた。

 2カ月後の8月11日、プーチン大統領は、ロシアが世界初のコロナワクチン開発に成功した、と発表した。これより先の7日に、保健省O・グリドネフ副大臣は「国立ガマレヤ疫学・微生物学研究所が国防省第48中央科学研究所と協力して開発したワクチンの登録が8月12日に行われる。現在、治験の最終段階にある」と述べていた。

 1960年代の米ソの宇宙開発競争にソ連が勝利したように、新ワクチンを「スプートニクV」と命名、ワクチン開発競争でも米国に先駆けた“偉業”達成を暗に示している。

 スプートニクVは、コロナウイルスの遺伝子情報を組み込んだ別のウイルスを使う非複製型ウイルス・ベクターワクチンである。この非複製型ワクチンは、ベクター(媒介・運搬者)を用いて、弱毒性のウイルスに病原体の抗原候補の遺伝子を挿入・投与して体内で抗原を発現させ、その抗原に対する免疫反応を惹起(じゃっき)することを狙うものである。

 ガマレヤ研究所は、40年来、2種類のベクターによるアプローチ方法に取り組んできた。同研究所が開発したスプートニクVは、このアイデアを応用、1回目の接種で一つ目のベクターで免疫がついた体に、二つ目のベクターを利用した2回目のワクチンを接種することにより、ワクチンの効果を高めていく。

 ワクチン開発のプロセスは、3段階を踏む。開発ワクチンを小規模な被験者で安全性を確認する治験第1段階、ワクチンの容量や免疫反応を調査する第2段階、大規模な被験者で効果を分析する第3段階である。

 ロシアの報道では、スプートニクVの治験第1段階を同研究所職員で行い、第2段階を軍の志願者で実施。合併症はなく、全員に強い免疫力があった。大統領の30歳代の娘の一人もこの第2段階に参加した。第1、第2段階は約80人が対象者であった、という。

 今後、第3段階を、大人数で実施、安全性や効果を確認する。8月15日、A・アレクサンドル・ガマレヤ研究所長は、スプートニクVの第3段階をモスクワ地域の数万人を対象に1週間以内に開始する、と発表している。

賭けに出たプーチン氏

 外国やロシアの一部専門家が指摘しているのは、この第3段階を実施していないのに、量産に入るということである。しかも、第1、2段階の臨床データを公開していない。娘まで実験に参加させたことについて、強権的な権威主義体制下、アタマーン(露語・頭目)が娘を生け贄(にえ)に捧(ささ)げる図を思い浮かべた。ただ、親として安全性に自信があったからだろう。だが、第3段階実施中に量産に入るのは、大きな賭けかも知れない。

 8月19日、D・ログノフ研究所副所長は「2020年末までに最大2億本を生産していく計画である。第3段階の結果の如何(いかん)によらず、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ブラジル、フィリピンなどの諸国で生産開始を計画している」と具体的に述べている。

 量産体制に入り使用が始まる。賭けに勝てば、ロシアの偉大さと利権が得られる。使用経過の公開は、国民には安心感を、国際社会にはロシアの影響力拡大や威信をもたらす。科学的“偉業”の公開を切に望む。

(いぬい・いちう)

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