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ロシア機炎上事故の背景

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

評判悪かったSSJ100
着陸装置とエンジンに難点

中澤 孝之

日本対外文化協会理事 中澤 孝之

 モスクワ北西部のシェレメチェボ国際空港に5月5日夜、アエロフロート・ロシア航空の旅客機が緊急着陸し炎上、乗客73人、乗員5人の計78人のうち、乗客40人、乗員1人の計41人が死亡するという悲惨な事故が発生した。日本のテレビのニュースでも、機体の後部が炎に包まれ、前方の出口から乗客たちが必死に脱出する様子が放映された。

 事故を起こしたのはモスクワから北西部のムルマンスクに向かっていたロシア製のスホイ・スーパージェット 100(SSJ 100)。機長によれば、離陸直後に機体へ落雷し、管制官との通信が途絶したため、飛行をコンピューター制御の自動から手動操縦に切り替え、モスクワに引き返したという。

後部座席の乗客犠牲に

 インタファクス通信によれば、機体が火に包まれている中で、後部座席の一部の乗客が荷物棚から手荷物を取り出そうとして逃げ遅れ、大きな犠牲につながった。別の説によれば、急な引火のため後部の脱出口の利用が不可能な中、前方の乗客たちが荷物の運び出しに手間取り、後部の乗客の脱出が遅れて、犠牲者が多く出たともいわれている。生存した乗客33人のほとんどは前方に乗っていた。

 今回の悲劇は、ロシアの航空機が関係する死亡事故としては過去1年4カ月で2回目。現在まで、事故原因が操縦士のエラー、技術的欠陥、あるいはこの二つが組み合わされたもののいずれかは、確認されていない。

 SSJ100は、ソ連解体後にロシアが初めて開発した商用旅客機である。ロシア国営航空機製造大手の統一航空機製造会社(UAC)を構成する航空機メーカー9社のうちの1社で、戦闘機製造で知られるスホイ社が、米ボーイング社などの協力で開発を進め、製造を主導した。2007年に1号機が完成。08年初飛行、11年に商用利用が始まった。今年4月時点で139機が就航している。このうち106機はロシア国内で運航、国外での利用は33機にとどまっている。

 米ジェームズタウン財団発行の「ユーラシア・デーリー・モニター(EDM)」が事故後に配信した解説によれば、SSJ100は国外では、事故前から評判の良くない旅客機であった。この不評は、野心的なコンセプト・デザインにより注目を集めた当初から始まっており、今日も続いているという。特に着陸装置とエンジンに難があり、着陸装置絡みの事故は今回で少なくとも4度目だとEDMは伝えた。

 SSJ100プロジェクトは当初、期待が大きかった。だが、同プロジェクトは、エンジン・テストの問題により大幅な遅延を経験した。イタリアのフラッグキャリアであるアリタリアは早期の顧客となることに関心を示したが、最終的には数年にわたる遅れを我慢するよりもブラジルの航空機メーカー、エンブラエルのジェット機を5億㌦でリースする契約の方を選んだ。この大手欧州航空会社の注文を失ったことは、スホイ社にとって大きな痛手だった。アルメニアの航空会社アルマビア(13年に倒産)は11年にSSJ100の公式ローンチカスタマー(最初の発注者)だったが、保守問題を理由に最終的に2番機の発注を取り消し、1番機だけの発注にした。SSJ100に試乗したパイロットたちは、長期的に問題なのはエンジンおよび着陸装置だと指摘していたという。

 トラブルを抱えたSSJ100のエンジンは同機専用に設計され、フランスの航空機エンジン製造大手サフランとロシア国営ODK―サターンとの合弁会社が造り、そのサフランは着陸装置を製造している。

さらに評判損なう恐れ

 SSJ100のもう一つの弱点は、機体の少なくとも10%が米国製部品で、イランなど米国の制裁対象諸国に売る際には、米国務省の免除措置が必要なため、これらの国への輸出が難しいということである。いずれにせよ、SSJ100の悪評は、国際的な航空業界観測筋や、ロシアの専門家たちに知られていたが、今回の事故はスホイ社の評判をさらに損なう恐れがあるようだ。

(なかざわ・たかゆき)

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