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「マインドフルネス」な生き方

根本 和雄メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

自分を整え自然に委ねる
「今に気付く」四つの瞑想法

 「情報過多社会」の昨今、人々の心は洪水の如(ごと)くに押し寄せる情報に翻弄(ほんろう)され、心が散漫に陥り、心の迷走状態(マインド・ワンダリング)になっているのではなかろうか。

 古くは、『大学』に“心焉(ここ)に在らざれば、視(み)れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其(そ)の味を知らず”(伝7章)と述べている如くに、心の集中を失った状態が視覚、聴覚、さらには味覚までもが鈍麻へと陥れているのではなかろうか。

 そこで求められるのは、今、目の前のことに集中するということ、すなわち「今を感じ、今を楽しみ、今に意識を取り戻す」ことではないかと思うのである。

 それは雑念を排して、一点に集中する状態、それをサンスクリット語で「サマディー」〈samadhi〉つまり「三昧(さんまい)」に他ならないのである。

 このことについて、心理学者の今田恵(関西学院大学教授)はこのように述べている。

 “わたしたちは時の中に生きている。わたしの現実の生活は、今この瞬間だけである。過去も将来も限られた無に帰する時間にすぎない。ただ現在だけが永遠に連なっている”と(『人間理解と心理学』1967年)。

 そこで大事なことは「今に気付く」ということではなかろうか。「いま」に集中することは、仏教(釈尊)の教えの「八正道」の中の「正念」〈Sanmma Sati〉すなわち“正しいことに気付くこと”に他ならないのではなかろうか。具体的に述べれば①過去と未来の出来事の妄想に引き込まれないこと②今の瞬間瞬間に集中して生きること③今の瞬間の体と心の行動、動きについて気付く(サティ)―ことではないかと思う。

 つまり“今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせず、捉われない状態で、ただ観(み)ること”なのである。(日本マインドフルネス学会・2013年)

 それが「自己への気付き」で、次の四つの瞑想(めいそう)法によって自分を整えることができるのではなかろうか。

 一、呼吸瞑想(口から大きく長く息を吐き、鼻からゆっくり息を吸う)

 二、食養瞑想(ゆっくりと味覚を確かめ、食への感謝の念を抱く)

 三、歩行瞑想(ゆっくりと歩きながら気持ちを落ち着ける)

 四、生かされていることへの感謝(自然の摂理に支えられている実感)

 このことによって主体的に充実した日々を過ごすことができるようになり、これこそが「マインドフルネス」な生き方ではなかろうか。

 その根底には、人智を超えた自然の摂理に支えられ、生かされて生きていることの恵みに気付き、一日一日を大切に精いっぱい生活することの喜びが湧いてくるのではなかろうか。

 このような瞑想は、わが国においては既に白隠禅師(1685~1768)によって、仰臥(ぎょうが)禅や数息観(すそくかん)〈アンナパーナ〉として実践されていた。それは、白隠禅師が73歳の時、執筆した『夜船(やせん)閑話』(57年)に自らの体験を記録している。

 例えば、「仰臥禅」では、あおむけの姿勢が最も楽な姿勢で“宇宙に一切を委ねる姿”であるという。その状態で心の雑念を全て吐き出し即ち「放下着(ほうげちゃく)」によって心を空っぽにして、全身の力を抜いて口から大きくゆっくり長く息を吐く(呼気)。次に鼻から息を吸う(吸気)。次に2、3秒息を止める(保息)。すなわち「吐く息」と「吸う息」との間に2、3秒間息を止めて呼吸の流れを感じる「保息」で“ひと~つ”“ふた~つ”“みぃ~つ”とゆっくり声を出して数えながら呼吸をする「数息観」である。

 これによって、心身のリラックス感はもとより、生かされて生きている生命(いのち)の摂理を実感することができるのである。

 さて、今やわが国は経済至上主義の合理化へと急速に進展しつつある昨今、果たしてこれでよいのかと、もう一度立ち止まって考える必要があるのではなかろうか。

 かつて、イギリスの経済学者E・F・シューマッハーは『Small is Beautiful』(1973年)(少ないことは素晴らしい)と人間中心の経済学を唱えたのであるが、それはまさに、この経済至上主義への警鐘ではなかろうか。

 それと同時に、一人一人の生き方も「少欲知足」「知足安分」の潔く生きるということへの示唆ではないかと思うのである。

 それ故に、自分を整えて自然に委ねる「マインドフルネス」な生き方が問われているのではないかと思うのである。

 また、オックスフォード大学の欽定医学教授W・オスラー医師は“今日、一日の区切りで生きよう”と語っているように、大事なことは「いま」に「気付いて」今を大切に生きることではなかろうか。医師の中村仁一はその著書でこう語っている。

 “世の中は 今日より外はなかりけり 昨日は過ぎて 明日は知らず 今という 今こそ今が 大事なり 大事の今が 生涯の今”と(『自然死のすすめ』188ページ)。

(ねもと・かずお)

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