ワシントン・タイムズ・ジャパン

ロシアの異質性示す元スパイ襲撃

浅野 和生平成国際大学教授 浅野 和生

北の日本人拉致に通底
対露制裁に乗り遅れた日本

 3月16日のメイ英首相によるロシア外交官23人の追放発表に続いて、26日にはアメリカが、ニューヨークのロシア国連代表部の12人を含む外交官60人の国外追放を決定、欧州連合(EU)も同日、加盟国のうち14カ国が、一部のロシア外交官の追放を表明した。

 27日には北大西洋条約機構(NATO)が7人を追放すると発表、カナダやオーストラリア、ウクライナも同調して、この日までに27カ国・機関の150人以上のロシア外交官が追放されることになった。これに対してロシアは、各国に「同等の報復」を行う方針を示して、17日にはモスクワ駐在の英国外交官23人の国外追放と、サンクトペテルブルクの英総領事館閉鎖を発表した。一触即発の緊迫した事態である。

 事の発端は3月4日午後、元ロシア連邦参謀本部情報総局(GRU)のセルゲイ・スクリパル大佐とその娘が、英国中南部ソールズベリーの商業施設のベンチで意識不明で発見されたことである。スクリパル大佐は、西側に情報を漏らした二重スパイとしてロシアで服役していたところ、米国との「スパイ交換」で釈放され、英国に難民として亡命していた。なお、2人の対処に当たったイギリス人警察官1人も一時意識不明の重体となった。調査結果によると、親子の襲撃は旧ソ連が開発した軍用神経剤のノビチョクによるものであり、14日に開かれた国連安全保障理事会において、イギリスは「ロシアが関与したと考えざるを得ない」と訴えた。

 翌15日には、英米独仏4カ国首脳が英国と見解を共有していると述べ、ロシアが開発した軍用神経剤が第2次大戦後初めて欧州で使用された点を特に問題視し、国際法違反として厳しく非難した。18日には、BBC放送でジョンソン英外相が、イギリスはロシアによる暗殺目的の神経剤使用について研究しており、ロシアが「ノビチョクを製造、備蓄してきたことを示す証拠がある」と語った。さらに、「プーチン大統領が決断した可能性が非常に高い」と明言した。

 事件発覚後、イギリスの新聞各紙は連日この事件を一面で報道し、テレビのニュース番組も毎日詳細に解説した。従来、2006年にロシア連邦保安局(FSB)元中佐のアレクサンドル・リトビネンコ氏がロンドンのホテルで放射性物質ポロニウム210で毒殺されたことが知られていたが、12年のスクリパル大佐の妻の病死についても英警察はその死因に疑念を抱いている。長男も2年前に不審死を遂げており、次男は昨年、ロシアのサンクトペテルブルクで事故死した。

 さらに事件の最中の3月12日、ロシア人元実業家でアエロフロート・ロシア航空の副社長を務めたニコライ・グルシコフ氏がロンドン南西部の自宅で死亡しているところを発見された。ロンドン警察は16日になって、「首吊(つ)り偽装の絞殺」と断定、殺人事件として捜査を始めた。その盟友のベレゾフスキー氏も、13年にロンドン郊外の自宅浴室で首を吊って死亡しているところを発見され、これにも不審の目が向けられていた。一連の経過から、ラッド英内相は、過去に英国で発生したロシア人亡命者らの不審死について再調査すると明らかにした(3月13日)。

 3月18日、プーチン大統領は大統領選挙で高得票率で再選されたが、上記の事例を見れば、日米欧の価値観に対するロシアの異質性は顕著である。

 周知のように、欧州諸国と英国の間では英国のEU離脱をめぐって、また米国と英国の間でも、トランプ大統領が提起した鉄鋼やアルミ等の輸入関税問題で、深刻な軋轢(あつれき)がある。しかし、国家の主権や基本的価値を脅かす事件の発生に、欧米は直ちに結束して、具体的行動をとったのである。28日には、トランプ米大統領はメイ首相との電話会談で、米英両国が「ロシアスパイ網の壊滅」を目指す方針を確認した。

 そうした中、異質な対応をしているのがわが日本である。河野外相は3月27日、閣議後の記者会見で「事実関係の解明が先だ。調査の進展状況を見守る」と述べ、当面は同調しない考えを示した。

 今回のスクリパル大佐親子事件は、北朝鮮による日本人拉致事件と若干の構造上の違いがあるが、ともに外国人工作員による襲撃事件として、その国家主権侵害と違法性において共通している。できれば日本は、他国に先駆けて英国に衷心からの同情を示し、制裁措置の先頭に立つべきだった。そうしてこそ、欧米各国との連帯を示せるだけでなく、北朝鮮日本人拉致事件に対する認識を新たにさせられただろう。

 しかし、安倍政権は、来たる5月26日からの訪露成功と外交的成果に期待して、日露関係に波風が立つことを避け、欧米と同じステージに立とうとしなかった。

 それなら欧米各国が、日本人拉致問題について、北朝鮮による「調査の進展状況を見守る」「事実関係の解明が先だ」と、傍観を決め込んでも何も言えない。安倍首相が、国家主権と基本的人権の尊重、法治国家という国家理念の擁護を優先し、価値を共有する国との連帯を重視するなら、すでに出遅れたとはいえ、日本政府は、英国への満腔(まんこう)の同情を、具体的行動をもって示すべきである。

(あさの・かずお)

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