«
»

神仏を共に敬う日本人

加藤隆久

江戸時代までは自然な信仰

生田神社名誉宮司 加藤隆久氏に聞く

 古来、恵まれた自然環境の中で日本人は自然と親和的な精神文化を育んできた。その上に仏教を受容したので、江戸時代までは神仏習合が自然な信仰となった。明治初めに神仏分離令が出されたが、家庭には神棚と仏壇のあるのが一般的である。そうした日本人の宗教的寛容性について、「神仏霊場会」第2代会長を務めた生田神社の加藤隆久名誉宮司に話を伺った。(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

西国、近畿は一大聖地/山野に神は鎮まり仏は宿る高田老師の影響で寺回り 「雪隠居士」とのあだ名も

神仏霊場会を設立されたのは。

 わが国には神や仏の聖地が数多くあり、山川林野に神は鎮まり、仏が宿っている。聖地は神と仏との出会いの場で、人々は神や仏を求めて山岳や辺地で修行し、神社や寺院に参詣してきた。そのような聖地が特に紀伊、大和、摂津、播磨、山城、近江などに集中している。


...【全文を読む】
記事の全文をご覧になるには会員登録が必要です。
無料で毎月10本までご覧になれます。
新規会員登録へ

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。