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時事ネタや伝承で方言劇

今の世代で方言は消える

三種町方言劇同好会会長 近藤 正紀氏に聞く

 秋田県北西部の三種町(みたねちょう)で各種イベントの幕間(まくあい)に方言劇を披露しているのが三種町方言劇同好会会長の近藤正紀氏だ。時事ネタや地域に伝わる貴重な伝承を方言で語り、住民をなごませる。持ちネタは50ほどあるが、すでに若い人には方言が通じなくなってきており、「俺たちの世代で方言は消える」と感じている。
(聞き手=伊藤志郎)

「俺にとっては標準語」
うそはつかず格式高く

三種町方言劇同好会会長 近藤 正紀氏

こんどう・まさき 昭和40年、秋田県の旧琴丘町(現三種町)生まれ。小1から中館(なかだて)番楽に参加し現在は翁舞を演じる。中高と野球部。秋田県青年会館勤務時代、県内全域に菅江真澄(すがえますみ)の標柱を立てる。平成16年から幕間の方言劇に参加する。27年に三種町方言劇同好会を再結成し会長。

方言劇のきっけは?

 旧琴丘町では昭和57年に縄文遺跡から珍しい土笛が発見され、「土笛の里」として町おこしに取り組んだ。その集大成として平成7年に出演者が一千人という町挙げての縄文ページェント(野外劇)が行われた。その幕間に時事ネタや地域の話をペアで行ったのが方言劇の始まりだ。町長はじめ実行員会方言劇部会の人たちがやった。野外劇は16年から会場を室内に移し20年(計14回)まで続いた。

 私と副会長の工藤幸喜さんは16年から方言劇に参加。原稿は2行しかなくて、後はアドリブ。おらだちは、嘘(うそ)はしゃべねし、本音をしゃべる。人の名前とかは変えてな。下ネタは厳禁。下ネタしゃべればみんな笑うども、格式高い団体にしたいからよ。

 持ちネタは50ぐらい。一番受けるのは『やさしい声のアバ』。仲のいい夫婦の実話だ。おらほでは嫁さんをアバと言う。おやじがアバに「ストーブを付けてけれ」と言ったけ、アバやさしい声で「点火します」と言ったど。自分でストーブ消したら「消火します」と言うので、ああ、機械がしゃべってたんだなと分かって、「今日も一日ご苦労さんでした」と機械にしゃべったけ、流しにいたアバが「何も気にしねでけれ」ど言ったど。これ、本当の話。

「方言劇」ということだが、二人のショートコントでは?

 縄文ページェントでは、舞踏や演奏の部会があって、方言劇部会は10人くらいいた。野外劇が元だから「方言劇」とこだわっている。本当は縄文の衣装ど、はにわのお面を持って舞台に立つ。

 27年に同好会として再結成した。顧問や役員を入れて16人。旧琴丘町出身の橋本五郎さん(読売新聞特別編集委員)も顧問の一人。一番若い俺が会長になって続いている。

 北海道の三種町出身の県人会に2度訪れた。札幌での交流会には50人くらい集まった。方言劇をやった後に「方言を忘れちゃったよ。説明して下さいよ」と言われた。せば、元も子もねたよな。

 受けてるな、というのは笑い声で分かる。方言は多分、おら方の年代で最後でねが。わらし(娘、28歳)さ、80歳のばばがしゃべってだども、標準語と混ざっているため、何しゃべっていると思うんだものな。

 わらしは秋田大学に行ったども「ながまる」(横になる)とか「はらつえ」(お腹いっぱい)と言っても、友達は分がらねがったと言っていた。

改めて方言の魅力とは?

 いやーっ、俺にすりゃ方言が標準語だからな。だいたい、俺東京さ行って、標準語しゃべっても通じねもの。ナマってるがらだべったって。息子が埼玉に住む準備のため、みしぇ(店)回っても通じね。一緒に行った娘から通訳してもらった(笑)。

 面白いのは、中央大学の準硬式野球部が四十数年間、ここの夏合宿に来ている。毎年2週間くらい世話しだども、4年間来てれば大体おらがた何しゃべってるか分かるようになる。

 「しびじげね」って分かるんすか? 躾(しつけ)がなってないのをいう。「おばぐ」は恰好をつける、「えふりごき」も似ている言葉だ。「こだびまだ」はこの度、「はがいがね」(物事が進まない)は最近使われなくなった。「このげ」は眉毛のこと。

住んでいる地域や教育・文化の程度、職業などでも方言は変わるのでは。

 昔は、自分の親以外にも、近くのじいちゃ、ばばあから、悪いことをすればごしゃがれた(怒られた)。障子さ穴開けたり秋田蕗(ふき)を棒で叩(たた)いたり。

 3歳の頃、近くの知り合いの家さ連れていかれて、風呂さ入って、(お下がりの)おなごの服着せてもらって、ママ(ご飯)食わせてもらって寝るままになってたもんな。その人たちが、俺今しゃべっている言葉をしゃべっていた。方言は地域の特色でねが。俺だばそう思う。

50のネタの中には、地域の伝承も含まれている。

 『小野小町』は、年いって目が悪くなり肌も荒れた小野小町が旧琴丘町の房住山(ぼうじゅうざん)の山頂に鎮座する瘡(かさ)地蔵にお参りする話。それで三種町の人は美人だったど。

 悲しい話もある。ロシアのヤクート人が漂流して流れ着いた。世話した娘は恋をして、帰ったロシア人が迎えに来るのを待ったども来ねかったので娘は身投げしてしまった。それで「嘘」のことを、ここでは「ヤグド」という。『六地蔵』や『アネコムシ』の話も受ける。

 地域性では、琴丘は、北が能代で、東は上小阿仁(かみこあに)村、西は男鹿。それらの言葉が全部混ざっている。おら、能代さ行くと、言葉が野蛮だと言われた。ごしゃがれているように聞けるんだと。でも、俺は怒っている気持は全くねし。県南さ行けば、やさしいなと思って聞いている。横手の「きて、たんせ」とか。おらだば、「遊びにこいでや」だど。

 だどもや、青森さ行けばまだ違う。津軽さは負けるな。おらどご、もっとゆっくりしゃべれという人もいるども、青森はもっと早いで。


【メモ】7月18日、第13回三種町芸術文化祭で「方言劇」を取材した。二人によるショートコントで、この日は幕間に4回出演。その掛け合いは住民の心に沁(し)みるもので、方言の“チカラ”を改めて感じた。全国で方言が消滅している。同時に地域の共助力が失われつつあるのが気になる。

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