«
»

女性が加わると本当に変わる!能代で街おこし 

「人」大切にして 支援の輪

「ときめ木マルシェ」実行委員会代表 能登 祏子さんに聞く

 街おこしの取り組みが各地で行われている。秋田県能代市で4年目となる「ときめ木マルシェ(市場)」もその一つ。今年は6月から11月までの第3日曜日、飲食の提供や農産物、手作り品などを集めた定期マーケットを5回開く。

 主催者代表の能登祏子さんは能代市初の女性自治会長であり、まちづくり団体や複合的コミュニティー施設を運営する。しかし、仲間と歩んだ20年の道のりは多難だった。
 今、若者の支援の輪も広がり未来への希望が出てきている。
(聞き手=伊藤志郎)

男女双方の力必要に
動かないと どんどん衰退

7月18日、能代市役所の近く、上町(かみまち)マルシェ通りで今年2回目の「ときめ木マルシェ」(日曜市(いち))が開かれました。<起業のチャレンジショップ>の言葉に興味を惹(ひ)かれました。マルシェを始めたきっかけは。

能登 祏子さん

 のと・ゆうこ 昭和32年長野県佐久市生まれ。23歳で能代市上町にお嫁に。平成14年上町自治会の女性部すみれ会会長。16年から上町自治会長に就任し30年からは能代市自治会連合協議会会長も務める。18年「のしろ白神ネットワーク」、19年「のしろまち灯り」実行委員会の各代表に。24年「夢工房咲く・咲く」をオープン。30年「ときめ木マルシェ」実行委員会代表。秋田県総合政策審議会委員。夫と子供3人、孫2人。

 能代市の北東部に世帯数が600ほどの常盤(ときわ)地区があり、そこに「常盤ときめき隊」があります。秋田県立大学の先生や学生が入って里づくりが本当に進んだんですね。しかし朝市を地区の中で開いても誰も来ない。一方、私たちは上町自治会の中に「すみれ会」という女性部をつくり、私が最初の会長になっていました。

 そんな時、秋田県立大学木材高度加工研究所の准教授2人から、広域的な地域づくり団体立ち上げのお誘いを受け、常盤ときめき隊と一緒に上町すみれ会が加盟しました。民・学・官の連携で平成18年から「のしろ白神ネットワーク」の活動が始まります。まず上町で空き店舗を利用した夕市から始め、現在は朝市を継続しています。野菜だけでなく、若者たちの起業のお手伝いをしながら、異業種の連携を目指し「マルシェ」という市場の形に拡大しました。

能登さんは上町の自治会長など多くの経験を重ねています。

 私は23歳で能代にお嫁に来ました。自宅は「夢工房咲く・咲く」の前、上町のど真ん中です。自治会の女性部「すみれ会」は、おばあちゃん3人が一生懸命守っていた観音堂の保存と伝統行事の継承から始めました。

 その後は身近な「困りごと」の解決を実践し、同時に街中の美化活動を行い、くすんでいた街は花いっぱいになりました。商店のウインドーに子供たちの絵を飾る「まちなか美術館」も大好評でした。

能代市初の女性の自治会長になった経緯は。

 全てにおいて前自治会長が亡くなったことがきっかけです。その後が大変でした。何カ月話し合っても代わりが決まらない。その頃は67世帯ほどありました。私は能代第1中学校初の女性PTA会長として任期を終えたばかり。頼まれても何度か断りましたが、「何とか手伝うから」と言うので16年から上町の自治会長になりました。

 能代市には自治会が267あって上町が名簿の一番で、市役所も能代郵便局も町内。そこに住む人たち、特に男性はプライドが高いです。能代には「役七夕(やくたなばた)」と「丁山(ちょうやま)」という二つの大切なお祭りがあります。お祭りは男性だけの組織で、そこに女性が入ることはできません。そこで自治会とは別に「祭典委員会」を設立したことは画期的なんです。

初の女性自治会長になってされたことは。

 能代市と協働で初めて除排雪事業のモデルになりました。それが評価され、次の年には自主防災組織を能代市で初めてつくりました。最終的に安心安全な町でないと楽しくない。地域活動をし始めて「あっ、やっぱり地域って大事なんだ」と気付かされました。ただ地域には地縁があり、新しいことをやると必ず波紋が広がる。でもね、そのうち慣れてくるんです。

 18年には「のしろ白神ネットワーク」をつくり、19年からは国交省が入って「のしろまち灯(あか)り」をしました。杉の間伐材と廃食油を使い、夏は国道で、冬は商店街に灯りをつなげて全体を活性化する計画です。最初は祭の人たちにも商店街にも理解してもらえませんでしたが、諦めずに頑張り、今も続いています。

「夢工房咲く・咲く」の運営はいつからですか。

 能代で種苗交換会が開かれた24年の11月にプレオープンしました。上町はその頃、自治会館がなく、人が集まる拠点、複合的コミュニティー施設として開設しました。展示即売場、レンタルスペース、カフェを備え、ランチを楽しむ人、英会話や各種教室、イベントを開催する人が訪れ交流しています。

 この通りは本当は国道だったんです。お祭りの山車(だし)も通る、能代市のメイン通りでした。国道が県道になり、今では市道になり、中心部からはずれっこになっている。だけどそこに住んでいる人は変わらない。人任せにしないで自分たちで何とかしなければならないでしょう?

 上町は商店街ですが、数年前に「商店会」は解散しました。「商店会」を再生させるのは無理ですが、街を活性化させ元気を取り戻すことはできます。自分のできる範囲でしかできませんが、動かないと、どんどん衰退していくばかりなので。

トラブルがいろいろあったわけですが、それでも続けている理由は何でしょう。

 やり始めたことは継続しないとと思っています。途中でやめたら腹立つでしょ。「やっぱりできなかったんだ」と言われるだけ。達成感を支えに、歯を食いしばって続けてきました。

 一番大事なのは「人」を大切にすること。きっと、誰かが助けてくれると信じています。継続していると商店街の後継者や支援する人が現れ、明るい未来へとつながっていきます。

人口の半分以上は女性ですからね。

 女性が加わることで本当に変わりますね。女性って、考えるよりも行動が早いでしょ。防災でも、家にいるおばあちゃんを助けられるのは女性。「どうしたのっ?」と地域で声を掛けることができる。でも、女性と男性の両方が必要です。マルシェでもテントを建てるのは男性の力です。非常食を作るのはやっぱり女性。それがうまく協力し合うことで地域が良くなりつながっていくのだと思います。

0

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。