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人口増つづく日本一小さな村

「子育て共助」が奏功

富山県前舟橋村長 金森 勝雄氏に聞く

 2019年の合計特殊出生率(1人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数)は1・36と、人口減少に歯止めは全くかかっていない中、富山県舟橋村は平成31年の1・92という数字で、人口増が続いている。今年初めまで4期、同村長を務めた金森勝雄氏に聞いた。(聞き手・青島 孝志)

3000人が一つの家族
「村史」編纂し外来者と歴史共有

昭和38年に舟橋村に勤務され、職員そして村長として50年以上、村の変化を見詰めてこられました。

富山県前舟橋村長 金森 勝雄氏

 かなもり・かつお 昭和18(1943)年、富山県舟橋村生まれ。同38年、同村役場に入庁。総務課長、助役などを経て平成17(2005)年から同村村長を4期務めて今年1月引退。全国町村会副会長など歴任。同村は北陸3県で唯一の村。

 私が役場に勤め始めた昭和38年、村の人口は1300人弱。それが年々増え続け、今では3000人を超えた。役場に採用された頃、役場職員は村長含めて10人。互いにサポートして役割をこなす、家族のような行政組織でした。

 昭和38年頃は保育所もなく、農繁期は小学校の空き部屋を季節託児所として、村が臨時採用した女性3人が世話をしたり、親戚や隣の立山、上市町に預けたり。小中学校は木造校舎の中で併設されていて、運動会は小中学生が一緒にやりました。人間関係のつながりがうまく機能し、子供たちも集落の中で満たされた環境で成長していました。

 やがて保育所、次に昭和50年代に上水道の整備。昭和45年に、宅地造成などの開発を原則禁じる市街化調整区域に指定されたが、当時の松田村長が奔走して昭和63年解除。土地が安いこともあって転入者が増えた。

この間、昭和・平成の市町村合併の流れに乗らなかった。

 そうです。背景にはこの村の豊かさがあった。農家の平均耕作面積が1・2ヘクタールあり、年間所得が4、50万円。そして富山市内の会社で働く兼業農家がほとんどで、村民1人当たりの所得が高かった。

 また、昭和の初めから終戦後まで村長を務めた稲田健治さんは、「舟橋村は日本のモナコになる」と宣言し、合併に反対された。稲田さんは、合併の弊害について「池に石を投げたら、中心から波紋が広がる。行政の恩恵は中心から始まり、端っこにある舟橋村に及ぶには時間がかかる」と話された。合併してしまうと舟橋村に小中学校がなくなってしまい、子供たちが不便になるのではないかという危機感がありました。

 舟橋村の人たちは、自分たちのことを自分たちで考えて決めていく、という気持ちが強い。隣の町のしていることを真似るのではなく、団結力が強いのが舟橋村の特徴だ。

「子育て共助のコミュニティー」をキーワードに、取り組まれた施策が功を奏し、若い家庭が多く村に引っ越してきた。

 舟橋村、富山大学、地元企業、銀行などで連携を図り、いかにして少子高齢化を打破していくか、英知を絞ってきました。とともに、村で「舟橋村史」を編纂(へんさん)しました。これは、外から来られた人に舟橋村の歴史を共有することを通じて、村人としての絆を育む第一歩としていきたいという思いから。5年をかけて平成28年に発刊しました。

 舟橋地域史、舟橋村史、民俗・宗教、舟橋村集落史を軸に編集しています。

 先人が苦労した過去があって、今日の豊かさがある。そうした歴史的な発想がないといけない。今の自分があるのは家の歴史があり、社会の歴史がある。そのつながりを無視してはダメです。

金森さんから見て、舟橋村の魅力、強みは何ですか。

 人間性、支え合う力ですね。例えば、どこどこが被災したから助ける、というよりも日頃からの助け合いです。人を大事にする風土が特徴です。図書館も、子供支援センターも、村の利用者よりも村外の人の方が多い。そこに垣根などありません。村外の人に舟橋村を理解してもらい、村の人は外の人から色々と情報を得て、舟橋村が良くなるヒントとしていく。こうした交流の積み重ねが今日の舟橋村だと理解しています。そのきっかけを提供するのが行政の仕事ではないか、と。

図書館も子育て支援センターも、村人よりも村外の人の方が圧倒的に多い。地元にも同様な施設があるのに、わざわざ舟橋村に来る。彼らを引きつける“磁石”の存在は何ですか。

 やはり、そこに携わっている職員の魅力でしょうね。図書館も高野館長以下、3人の職員の個性が魅力的です。彼女たちが提供できるものをそれぞれ出しています。それぞれが考え、行動しています。彼女たちに本の読み聞かせをはじめ、さまざまなイベントを通じて利用者との心地よい交流を実現しています。そこから「舟橋村ならでは」の魅力が生まれているのではと理解しています。

村内の図書館、学校、お店どこでも顔見知りであるというのは子供にも親にも大きな安心感でしょうね。

 舟橋村は、人口ではなく面積が「日本一小さい村」です。小さな村に3000人が住んでいるから、私からすれば一つの家族のような存在。そこに住むそれぞれの顔が見えて、コミュニケーションが円滑なものとなれば絆も強くなれる。

若い世代の人たちが魅力を感じる企業が地元または近隣にあった方が、若者が村に定住してくれると思いますが。

 そうではないと思います。若者は自由に学び、頑張ってもらいたい。要は、舟橋村のことだけ考えて子育てするのかどうか。そうではなく富山で活躍する、日本で活躍する、世界で活躍する、そんな人材が増えたらよいと思います。

 ただ、3000人の人口を守るのではなく、この村に来てよかった、関わってよかったと思ってくださる人がいれば、やがてこの村に住む人も現れてくるでしょう。大事なことは、そのような本当のコミュニティーです。住んでよかったといわれる豊かな村であれば、村として持続していけます。

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