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『浄土真宗の智慧』を出版して

一番大事な正しく見ること

浄土真宗本願寺派称讃寺住職 瑞田信弘氏に聞く

 <strong>たまだ・のぶひろ</strong> 瑞田住職は大学卒業後、公立学校教師となり、その後、飲食店を経営する傍ら専門学校講師を務める。1998年、父親の死去に伴い称讃寺第16代住職を継職、2001年に本堂新築落慶法要を行った。FM高松のパーソナリティー、NHKカルチャーセンター講師、終活支援団体の一般社団法人「わ ライフネット」代表理事など務める。著書に『ただでは死ねん』(創芸社)、『浄土真宗の智慧』(アートヴィレッジ)がある。

 たまだ・のぶひろ 瑞田住職は大学卒業後、公立学校教師となり、その後、飲食店を経営する傍ら専門学校講師を務める。1998年、父親の死去に伴い称讃寺第16代住職を継職、2001年に本堂新築落慶法要を行った。FM高松のパーソナリティー、NHKカルチャーセンター講師、終活支援団体の一般社団法人「わ ライフネット」代表理事など務める。著書に『ただでは死ねん』(創芸社)、『浄土真宗の智慧』(アートヴィレッジ)がある。

 コロナ禍で大きな影響を受けているのが、葬儀や法要を収入の柱にしているお寺。日本仏教にはいろいろな宗派があるが、寺院と信徒数が最大なのは浄土真宗である。大正時代に倉田百三が『出家とその弟子』で、近くは五木寛之が『親鸞』で描いた親鸞・浄土真宗の教えの核心を、『浄土真宗の智慧』を上梓(じょうし)した香川県高松市にある称讃寺の瑞田信弘住職に伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

悟りに応じた利他の生き方
判断は一呼吸置いて幅広い視野で

近著の経緯は。

 NHKカルチャーセンター高松で「釈尊から親鸞へ」という初級仏教講座を担当したのがきっかけで、その講義録をまとめたのです。私の個人的な意見よりも、仏教と浄土真宗全般の基礎的な知識を紹介するようにしました。講座では受講者の反応を見ながら、分かりやすく話すよう努めましたから。

 今、仏教に興味を持つ人は少なからずいて、書店には仏教書のコーナーがあり、空海や最澄、道元、日蓮などの本が並んでいますが、釈尊の仏教から現代日本の宗派の仏教まで述べている本はほとんどありません。

 今の日本仏教は宗派ごとに教義が異なり、教祖・宗祖をある意味で神格化していることが多いからです。宗祖のことは熱心に教えても、釈尊のことはあまり語りません。浄土真宗なら『歎異抄(たんにしょう)』や「他力」について解説することが多いのです。

 一般の人が仏教に興味を示すのは、生きていく上での何らかのヒントや羅針盤になればいいと思うからです。よく「仏教は何のためにあるの」と聞かれるのですが、どの宗派でも私たち一人ひとりが悟りを開くことが最終目的です。そのために、滝行や坐禅(ざぜん)、念仏を一心に唱えるなどの修行がありますが、目的は悟りを開くためです。

 もっとも、悟りを開くのは容易ではありません。浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、生きているうちに悟りを開くのはかなり難しく、阿弥陀如来(あみだにょらい)を信じて亡くなり、極楽浄土に連れて行かれると、悟りの世界に入ることができる、と考えています。

 「南無阿弥陀仏」と唱えることで、人々の救済を願う阿弥陀仏の本願力を受け、その他力の力で利己的から利他的へと生き方を転換し、慈悲に満ちた人生を開けると教えています。

対照的なのは禅宗で、坐禅による自己究明、無私の実践が悟りの道としています。

 曹洞宗を開いた道元は「仏道をならうというは、自己をならうなり」(『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』)と言っています。日本仏教が大きく十三派の宗派に分かれているのは、それぞれ宗祖がこれこそ悟りへの道としたからで、一般の人は自分の感性や考えに合う教えを選んだらいい。仏教を学ぶのは、自分自身を学ぶことなのですから。学んだことが生きるヒントになり、考えや行動に変化があれば、それこそ「生きた仏教の学び」と言えます。

最終目的で釈尊から親鸞まで一貫しているのですね。

 四苦八苦という言葉があるように、この世の実相は苦であり、死後も輪廻転生(りんねてんしょう)して苦が続くと洞察した釈尊は、そこから抜け出すには悟りを開き、仏となって輪廻から解脱するしかないとしたのです。輪廻は当時の古代インド社会にあった死生観で、修行者らはそこからの救いを求める思索と実践を重ねていました。シャカ族の王家に生まれた釈尊もその一人で、ブッダとは悟りを開いた者という意味です。阿弥陀如来の如来も同じような意味で、観音菩薩などの菩薩は、如来になる前の修行者です。

悟りへの道とは。

 苦悩の原因は「無明」であるとし、その解決の道として説いたのが「四諦八正道(したいはっしょうどう)」、四つの真理と八つの道(方法)です。「苦諦」で人生の真実の姿は苦で、「集諦」で苦しみの原因は煩悩にあるとし、「滅諦」で煩悩を滅したのが涅槃(ねはん)の境地であるとし、「道諦」で涅槃に至る方法が八正道だとしました。

 正しく見る「正見」、正しく思索する「正思惟」、正しい言葉を語る「正語」、正しい行いをする「正業」、正しい生活をする「正命」、正しい努力をする「正精進」、正しい意識を続ける「正念」、正しい精神統一をする「正定」が八正道です。

 八正道を実践して悟りを目指すのが仏教で、私は一番大切なのは正見だと思います。最初の見方が間違うと、次の思考や行動も誤りますから。判断するときには感情的、即断的にならず、一呼吸おいて、幅広い視野でじっくり考える。八正道は日々の物差しにできる教えです。

 釈尊の教えから大乗仏教が興り、その流れの一つの浄土教から法然が「専修念仏(せんじゅねんぶつ)」の教えを説いて浄土宗の開祖となり、その弟子の親鸞が法然の教えを徹底させ浄土真宗を開いたのです。

 仏教の全体像を理解すると、『歎異抄』の「悪人正機」の意味も正しく理解できます。阿弥陀仏が救済したいのはすべての衆生で、自分は悪人だと目覚(めおぼえ)した者こそ真剣に阿弥陀仏の救いを求めるからその対象になるというもの、決して悪を行えという意味ではありません。

親鸞の教えの中心の一つに「往相回向(おうそうえこう)」と「還相回向(げんそうえこう)」の二種回向があります。

 浄土に往生することを目指すのは、自己満足のためではなく、浄土で悟りを開いたら、そこからもう一度この世に還って来て、迷っている人々を救う働きをするという教えです。自分が悟って終わりではありません。

 浄土からこの世に還って来るといっても、お化けになったりして来るのではありません。阿弥陀仏の働きと一つになって還るのが、念仏を唱えて開けてくる生き方です。浄土を目指して生き、悟りに応じて人のために生きるという利他の生き方を説いたのが親鸞です。

先祖が近くにいて子孫たちを見守っているという日本古来の死生観を感じます。

 日本人の死生観に合うように受容され、発展してきたのが日本仏教だからです。日本仏教を通して日本と日本人をより深く理解することもできます。

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