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八幡神社が全国に広がった理由

梶謙治氏

人と地域、国を守る神の歴史

市谷亀岡八幡宮宮司 梶 謙治氏に聞く

 八幡神は源氏の氏神、武運の神として武士に崇敬(すうけい)され、各地に八幡神社・八幡宮が建てられた。八幡神は誉田別命(ほんだわけのみこと)とも呼ばれ、第15代応神天皇と同一とされ、また八幡大菩薩と称されて早くから仏教と習合し、境内に神宮寺が設けられてきた。八幡神社が広まった理由を東京・市ヶ谷にある市谷亀岡八幡宮の梶謙治宮司に伺った。 (聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

八幡神は『古事記』『日本書紀』には書かれておらず、『続日本紀』に八幡の神として初めて出てきます。「ヤハタ」とは何ですか。

 たくさんの旗という意味です。旗や幡は神の依(よ)り代であり、神がお出ましになる目印ですから、たくさんの旗を立てて神を迎えたのです。神が海からやって来るので、遠くから見えるようにしたのでしょう。


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