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台湾総統選 台北座談会 香港危機が蔡氏圧勝後押し

日暮高則氏、浅野和生氏

左から、日暮高則氏、浅野和生氏、池永達夫編集委員=台北市内のホテルで

 中国の統一攻勢の風圧が高まる中、台湾の運命を決する総統選が行われた。蔡英文氏再選の背景と展望をテーマに、総統選のたびに現地に足を運んできた平成国際大学教授の浅野和生氏とアジア問題ジャーナリストの日暮高則氏を交え、台北で座談会を開いた。(司会=編集委員・池永達夫)

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 池永 2年前の統一地方選からすると、今回の総統選は、風向きががらりと変わり、蔡英文総統の圧勝となった。

 浅野 ジャーナリズムではミクロが強調されるが、マクロで見ればこれまで台湾の総統で2期8年をやっていない人はいない。だから基本的には2期続投は当たり前のことにすぎない。ただ、過去最高の817万票という圧倒的差で勝つとは正直、思わなかった。

 日暮 一言でいえば、国民党の玉が悪過ぎた。韓国瑜氏が出てきたのは、高雄市長選があったからだ。韓氏はローカルでは人気が出た。こう言っては何だが、頭の禿(は)げた親しみやすいおじさんというキャラは、地方選レベルでは受けると思う。

 だが、諸外国とも付き合わないといけない国家主席となると、学歴や海外留学経験がないなどに台湾の人々はうるさいのではないか。その意味で韓氏は、国民の期待レベルに沿わなかったと思う。

 中国の習近平国家主席は昨年1月2日の演説で、一国二制度による中台統一を主張し、武力行使を放棄しないとした。台湾でも反発はあったが、その一国二制度に最初に反応したのが香港だった。きっかけは逃亡犯改正条例だったが、かつてない反政府デモに発展していった。半世紀不変と約束したはずの 一国二制度の偽善が暴かれ「きょうの香港は、あしたの台湾」との懸念が強まり、中国寄りの韓氏の人気が相対的に落ちていった。

南シナ海の制海権狙う中国 浅野
国民党の悪評生んだ王事件 日暮
回流企業が経済を押し上げ 池永

 池永 蔡政権続投の再出発は5月20日だが、2期目の課題は。

蔡英文総統

11日、台湾総統選に勝利し、台北でガッツポーズを決める蔡英文総統(EPA時事)

 浅野 経済をうまく回さないといけない。ただ、先回は新南向政策を打ち出していたが、今回は何も言っていない。

 池永 南向政策は中国ではなく東南アジアをにらんだ投資策だ。だが最近は、大陸に出ていた台湾企業が米中貿易戦争のあおりを受け、台湾に戻る回流企業が増えた。これが台湾経済を押し上げ、昨年度の対米輸出は3割ほど増えてもいる。

 日暮 台湾企業ももう中国に出るのはよそうという空気だ。米中のはざまにある台湾が、米中どちらを選ぶかとなれば米を選ばざるを得ない。少なくとも中国の敷居は高くなった。あの郭台銘氏ですら、中国から引いてベトナムに出ようとしたりしているほどだ。

 これまで総統というのは新しいスローガンを出してきた。李登輝総統の「特殊な国と国との関係」とか、陳水扁総統の「一辺一国(いっぺんいっこく)」(台湾と中国はそれぞれ別の国)とかがそうだ。だが蔡氏は何も言わない。大陸を刺激したくないのかもしれない。

浅野和生氏

 あさの・かずお 1959年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、同大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。平成国際大学教授。

 浅野 それは違う。蔡氏はインテレクチュアルだから、米中や日本の政治情勢もしっかり見ている。米が動いているとき、台湾が率先して動くべきではないとの認識がある。台湾が台湾として自己主張していけるのは 、今ではないという前提でやっている。

 日暮 2期目もずっとそれが続くのだろうか。

 浅野 トランプ大統領が再選されるかも分からない中、動くに動けないところだ。

 池永 トランプ大統領が、対中バーゲニングパワーとして台湾カードを切ってくる懸念はないか。

 浅野 米は基本的な国際戦略として、自由で開かれたインド太平洋戦略をやっている。台湾はその中で地政学的にも重要な位置を占めており、トランプ大統領は本気だ。

 日暮 南シナ海にしろ自由で開かれたインド太平洋構想にしろ、すべて米の国益につながる。

 池永 トランプ大統領にとって国益とは、経済的利益だけではないのか。

 浅野 当たり前だ。米大統領をばかにしてはいけない。トランプ大統領だけで米政権が成り立っているわけではない。

 日暮 ペンス副大統領がハドソン研究所で演説をやった。あれが米のメインストリームだろう。

 池永 9日に呉●(=金へんにりっとう)燮外交部長(外相)の記者会見に出たが、中国発信のフェイクニュースなど「赤い工作」を強調していた。

日暮高則氏

 ひぐらし・たかのり アジア問題ジャーナリスト。1973年、東京外国語大学中国語学科卒。時事通信社に入社。北京特派員、香港特派員を歴任。東京外大などで非常勤講師。

 日暮 選挙戦終盤で国民党の不人気を決定付けたのは、豪州に亡命した中国のスパイと言われる王立強氏の事件だった。王氏にうその自白をさせるため、共産党と意を通じて、国民党の副秘書長が王氏と接触、画策したという裏工作が暴露されてしまった。これは国民党が劣勢を逆転させる最後の“隠し球”と言われたが、逆に陰謀をたくらむ国民党という悪評を生んでしまった。

 池永 王立強氏の問題は、日本の新聞は小さな扱いだったが、台湾では1面ト ップ扱いのビッグニュースだった。私も、かつてのソ連のスパイ活動を暴いたレフチェンコ事件に相当するものだと思っている。

 王氏は香港では軍情報部に所属し、韓国の偽パスポートを使って台湾にも出掛け、総統選挙で蔡総統続投を阻止するため、フェイクニュースや撹乱(かくらん)情報を流すためメディアを活用していることを暴露した。王氏の証言によると、一昨年の統一地方選で国民党を支援するため、ネット世論を誘導する「網軍」を編成したほか、2000万人民元(約3億円)を同党の候補者に迂回(うかい)献金したとされる。

 浅野 マスコミに対するお金の使い方もすごかった。選挙終盤になるとテレビCMに大金が使われた。一説によると国民党は、蔡政権の締め付けもあって、資金不足といわれる。毎月3000万元程度の経費が掛かるとされる。その中で、どうして資金が出てくるのか。形の上では企業献金だが、もともとの出どころがどこかということだ。

 池永 今回の総統選結果を中国は、どう受け止めたのだろうか。

 浅野 投票率75%という高い投票率で、しかも過去最高の817万票が蔡氏を支持したというのは中国に対する圧力になるだろうが、だからといって中国が台湾への態度を変えることはない。

 池永 中国は日本などと違って軍事力行使の敷居が低い。習近平政権の求心力低下を覆すために台湾への武力侵攻を決断するといったシナリオは考えられないか。

 日暮 権力維持のため外敵を求めるというのは、よくあるケースだ 。

 浅野 ただ、中国は全歴史でこれまで一度も渡海作戦というのはない。シナリオとしてないとは言わないけれども、よほどのことがない限りやらないが、中国が狙っているのは、南シナ海の制海権を取ることだ。そこから西太平洋に出れれば、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を積んだ原潜から米本土までミサイルが届くようになる。今はまだそこまでいっていないが、そこまでいった時、米は台湾を守れるかという問題が存在する。

 日暮 いずれにしても中国はサラミ作戦で、じわじわ出てくる。

 浅野 米台の歩調は合っているが、日本はまだその歩調に合っていない側面がある。日本政府は、中国に台湾への武力行使はやめた方がいいと勧めるべきだ。

 日暮 中国は台湾への武力行使を放棄しない。これは一貫している。

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