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歌で日韓の懸け橋に

半田 浩二氏

歌人生

歌手 半田 浩二氏に聞く

 『済州エアポート』で歌手デビュー(1988年)を果たした半田浩二(はんだこうじ)氏は、韓国からも出演オファーがきた。当時は韓国で日本の曲を日本語で歌うことは許されていなかった。だが結局、韓国のTVで半田氏の日本語の歌が流れ、戦後初の快挙に。その時の裏話などを聞いた。 (聞き手=星野睦子)

もともと歌い手を目指していたのですか。

 いいえ。きっかけは、「街かどTV」(TBS)という番組でした。当時、赤坂のTBSホールの前で、素人がノーエコーでカラオケを歌って、勝ち抜いてゆく番組がありました。

 地元で、町おこしでカラオケ大会をやることになったんですが、単なるカラオケ大会ではつまらないので“店対抗”にしよう、と。


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