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翁長知事提訴、普天間基地移設の原点の声だ

 沖縄県宜野湾市の米軍普天間基地を同県名護市辺野古へ移設するため国が進めていた辺野古沖の埋め立てにかかる県の承認を、翁長雄志沖縄県知事が取り消したことに対し、普天間基地周辺に居住する宜野湾市の住民らが同知事を提訴した。

 普天間基地には住宅が隣接しており、危険性を除去するという移設問題の原点をないがしろにされたことへの怒りの声だ。宜野湾市民らの翁長知事提訴はもっともなことである。

不満強める地元住民

 20日に提訴した原告は12人だが、原告は増える見通しで年内にも100人になる見込みという。裁判では埋め立て承認取り消しの無効確認と1人当たり1000万円の損害賠償を求める。日本と米国との国同士の合意、前知事時代の政府と県との合意の下に既に実行段階に入った基地移設を翁長知事が阻むことに対し、普天間基地のある地元住民の不満や疑念が鬱積(うっせき)していたことを示している。

 騒音のほか航空機の事故が起こり得るのは残念な現実で、軍用機が配備されているにもかかわらず市街地に存在する普天間基地について、無人地帯へ移設する地元要望は強かった。1996年から当時の橋本龍太郎首相が米国側と交渉を進め、代替施設の用意など条件付きで米国側が同意したことで普天間基地の全面返還が現実味を増した。

 しかし、実現には幾つもの峠があり、あまりに遠回りをし過ぎている。代替施設の候補地、工法、滑走路の形態など、日米の国同士や政府と自治体が幾度となく交渉を重ね、さらに、各選挙で安全保障をめぐるイデオロギー対立の争点に巻き込まれ、賛成派、反対派の勝敗が交互して移設計画に影響するなど紆余曲折をたどってきた。

 辺野古沖を埋め立ててV字型滑走路を建設する現行案に計画がまとまったのは2006年になってからだ。だが、日米合意した現行案も09年衆院選で政権が交代し、「国外、県外」の主張をした民主党中心の連立内閣が発足すると、当時の鳩山由紀夫首相が計画見直しの検討を加えた。しかし、結局は現行案しかないという結論に至った。当時、政権にあって事情を知る民主党の岡田克也代表は翁長知事との会談で「無責任に辺野古反対とは言えない」と述べた。

 沖縄には県民が地上戦に巻き込まれて迎えた敗戦、本土より長い占領期間、在日米軍基地の集中などから被害感や被差別感情がある。普天間基地移設問題で「国外、県外」の訴えは魅力的で期待するものが大きかったであろう。ただし、政治は成し得る計画を実行に移すものであり、できない公約を掲げて選挙に勝つ弊害は大きい。

危険除去先延ばしは問題

 ところが、昨年の知事選で翁長知事が同様に無責任な公約で県民の反基地感情を煽(あお)って当選した。反米反安保路線で安倍政権に反対戦術を取る共産党などの全面支援を受け、交渉と合意の積み重ねの破壊を企て、宜野湾市の住民の要望を一顧だにしない姿勢には問題がある。これ以上、危険性の除去を先延ばしされるのに我慢がならないのは理解できる。裁判で審理されるに十分な理由がある。

(10月22日付社説)

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