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山の日 山への希望を育てる日に

 「山を遠ざかって 山を眺める季節/山を離れて 山を想う季節/追憶の地図をひろげて/回想の山路をたどる季節/山への希望を育てる季節」

 これは山岳写真家で高山蝶(こうざんちょう)の研究でも知られた田淵行男(1905~89)の「季節の置手紙」と題する詩の一節だ。きょうは「山の日」だが、新型コロナウイルス対策のため、大分県で予定されていた第5回「山の日」記念全国大会は、開催が1年間延期された。

 富士山は全ルート閉鎖

 富士山ではこの夏、全ルートが閉鎖され、山小屋も救護所もすべて休業している。昨年の夏季入山者は23万人以上で、そんなに大勢の人がやって来るとすれば「3密」は不可避。山小屋は密閉、密集、密接の空間になってしまう。今年は田淵の詩にあるように、山を遠ざかり、山を離れて、山への希望を育てる年なのだろう。

 北アルプスや尾瀬その他でも感染防止対策が継続され、休止している山小屋も少なくない。登山者のやって来る自治体では登山日の検温や登山届の提出、体調がよくない時の登山中止、ソーシャルディスタンスの確保、山小屋の状況把握などを呼び掛けている。

 このように一般の山々で登山が制限されたことは、戦時中を除いては例がない。自然と人間との関係を本質から見直すべき時なのだろう。

 一般に登山とは、山に登っている時のことを指して言われるが、実際に心がやっていることを振り返れば、人は一度の登山で3度登っていると言える。1度目は山を選択し、季節を選び、ルートと環境を調べ、起きるだろうと思われる出来事を考えて計画を練り上げる時。2度目は実行。3度目は登山行為を振り返って、何を経験したのかを確認、記録する時だ。

 田淵は科学者、詩人、ナチュラリストだったが、とりわけ3度目の行為を重視した。写真を整理し、体験を紀行文に残し、観察した昆虫のデータを保存した。そこから「自然から読みとり学ぶ知識がもっとも正しい」という理念が生まれた。

 そして60年代初め、山で蝶や蜂が急に少なくなったのを知り、農薬の空中散布によるものだと確認して、環境破壊を嘆き、憤った。

 山の環境はそれからさらに激変した。これは地球の温暖化によるもので、冬になっても山の雪は少なくなり、台風シーズンには過去にない大被害が発生している。

 NHKBSの番組「グレートトラバース3」で、登山家の田中陽希氏が3月に東北地方の飯豊山に登るのを見たが、筆者が70年代の冬に登った体験に比べて、驚くほど雪が少なかった。岩場や地面が露出していることなど、豪雪で有名なこの山で昔はなかったこと。

 内的に質の高い生活へ

 山の日はその恩恵に感謝する日として制定されたが、人間が自然界に正しく向き合ってきたのか、反省すべき日でもある。自然界は激しく疲弊しているのだ。山で学んだ田淵の幸福で簡素な生活は、物質中心主義から内的に質の高い生活への方向転換の重要性を示唆している。

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