ワシントン・タイムズ・ジャパン

「一帯一路」の帯と路 無限の航路に“中国一路”

広大無辺に「帯」は無い

 たしか2013年になってからだったように思うが、中国の内陸アジア研究会の人たちから、新疆で会議をやるのでぜひ出てきてほしいという誘いをたびたび受けた。内陸アジアといえば、中国新疆を中心とした俗にシルクロードと呼ばれた世界で、戦前のような政治や戦争といつか縁遠くなり、この地一帯は、わが国ではすっかりロマンチックな旅行を楽しむ人たちの憩いの場所となった。そのため、むしろ専門の研究者にとっては、魅力の乏しいところになったようだ。

 かつてこの地域では回乱と呼ばれる民族対立が相次ぎ、関係者は互いに皆殺しという悲惨な事態が頻発していた。こういった事態には日本も至って関心を払っていたようで、明治政府は特に軍人や外交専門家を現地に派遣して、調査していた。1930年代の昭和の時代に入ると、中国の国内事情が複雑となり、調査自体が難しくなった。満州地方が日本の支配下となり、中国側の警戒心が強くなったからであろう。


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