ワシントン・タイムズ・ジャパン

大川小の津波の教訓 教師の甘い判断を悔やむ

先人の被災を念頭に

 3年前の5月、連休を利用して息子の車で、東日本大震災により津波で流されたという宮城県石巻市立大川小学校を見て回った。校舎は破壊され、校門の石壁には校訓が刻まれ、幾つかの花束も供えられていた。

 大津波で、74人の子供たちが津波にのまれ、犠牲となった。校舎のすぐ裏には樹木が茂った山がある。なぜそこに逃げなかったのか。私の疑問は残った。

 2011年3月11日、校長不在の当日、市の広報車が避難を呼び掛けて通った。教務主任が「裏山へ逃げよう」と呼び掛けたが、教師らは「難しい」と判断。北上川沿いの三角地帯に避難しようと歩き出して間もなく津波が襲い、子供74人は次々と波にのみ込まれ、教師10人も犠牲となった。

 生き残ったのは児童4人と、「山へ逃げよう」と言った教務主任だけだったという。

 息子と2人、車を降りて破壊された大川小学校跡地を見て回った。


...【全文を読む】
記事の全文をご覧になるには会員登録が必要です。
無料で毎月10本までご覧になれます。
新規会員登録へ

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。