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警報・避難勧告に従おう

 7月6日から西日本を襲った豪雨による災害は、死者225人、行方不明者12人という異常に大きな被害をもたらした(7月30日現在)。

 急激な豪雨に加わる堤防の決壊、さらに山肌を破壊し、流れ落ちる土砂と瓦礫(がれき)とともに、岩をも砕く滝となって、村や街を襲った。

 村人が歩く道路は、もはや急流の大河となって、人や車を呑(の)み込み、その勢いはこの世のものとも思えぬ悲惨な姿となって、人々の眼前に現れた。

 情報を伝えるメディアに釘(くぎ)付けとなり、激流の中で助けを求める人々を、息を呑んで見詰めた。

 “災害は忘れた頃にやってくる”と昔の人は言った。

 三陸沖の津波の跡も、息子の車で見せてもらった。今、西日本豪雨を振り返り、三陸津波の悲劇をまた思い出す。

 日本は美しい島国である。四季折々の草花に恵まれ、田園に働く真面目に生きる民族である。しかし、そこに生きる人々は、日々の仕事に忙しく、子や孫を養い今日の糧を得るために、真剣に働く人々である。

 その暮らしを守り、平和で健康な国民を支えていくのが、政治であり、国家の責任なのだ。

 私は年に何度か飛行機に乗るが、上空から見下ろす日本列島は、国の中央を山脈が連なり、眼下に広がるのは緑の山々で、その裾野に細長く街並みがあり、そのすぐ向こうは太平洋であり、日本海なのだ。

 西も、東も海に囲まれ、しかも日本列島の中心を埋めるのは北から南へ走る山脈であり、人の住めない山岳地帯なのだ。日本海と、太平洋に囲まれた小さな島国が日本列島なのである。

 誰もが地図を見れば、町や村があり都市があると頭の中で理解する。

 しかし、一度(ひとたび)、地震で揺れ動き、海が荒れて津波が起これば、村や町は海水で埋まり、山は崩れ、ダムが崩壊する。これが日本の姿なのである。

 今回の西日本を崩壊させたのは、津波でもなく、地震でもない。高温が続き、昇った水蒸気が雲となり、それが幾重にも重なり、異常な豪雨となって、西日本の村や街を襲ったのだ。

 地震や津波でもない、降り続ける雨だけが恐るべき異常災害を発生させたのである。

 この災害を振り返り、メディアが報ずる記事を読み、誰もがこれほど大きな災害になるとは思えなかった悔恨が、読者の胸を重く締め付ける。

 7月20日の新聞(読売)には、大きくその過ちを悔いつつも生き延びた人々の声を載せている。

 「今までと同じ」と避難勧告が出ても自宅にいた某女性(60)は難を逃れたが、10メートル先の家は土砂に流され崩壊、7日未明、轟音とともに近くの民家1階部分が土砂や岩で潰(つぶ)され、その家の娘は泥まみれになって救急車で運ばれたが、同居していた71歳の母親は遺体で見つかった。

 10メートルも離れていない場所で起きた悲劇を目の当たりにした60歳の某女性の言葉が紹介されていたが、「少しでも土砂の流れがずれていたら、私の命も危なかった」と話していた。

 災害で逃げ遅れて死亡する原因を調べた某教授は、「大したことはない」と考える「経験の逆機能」として捉え、警告を与えている。「油断大敵」の、昔の言葉も思い出す日々だ。

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