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カムサハムニダ平昌五輪 平和の中で育つ人間の能力

北見で知るカーリング

 美しいフィギュアスケート競技の羽生結弦選手らの姿を銀盤に残しながら「カムサハムニダ!」(ありがとう)の言葉をそえて、韓国・平昌五輪の17日間の冬季オリンピックの幕は閉じた。

 世界の平和の中に続くオリンピックのスポーツ大会は、2年後夏の日本開催への良い布石となるだろう。

 30年ほど前、娘が夫の転勤で北海道の東、サロマ湖やオホーツク海にも接する北見市の地に居着いた。程なく「北見って素晴らしい!」と、すっかり気に入り、何と彼女の夫の両親から300万円のカンパも頂き、2階建ての立派な一軒家を買ってしまった。

 「何で北見?」と驚く母親の私に、「来てごらん!とっても良い所よ!」と電話してくる娘。やむなく夏の日に列車で夫と出掛け、医者の母子が住んでいたという庭付きの北見の娘夫婦の家に出掛けた。

 松の木が茂り、赤いオンコ(イチイ)の実を摘んで夫は家に持ち帰り、焼酎を入れ、砂糖を入れて、赤い果実酒を作り、その味を愉(たの)しんだ。家の前には広いスポーツ公園が広がり、若者が早朝に駆け足をする姿や、老人の散歩姿が見えた。

 結局、何度も往復することになり、夫亡き後は息子の車で訪れ、娘らと近くの網走の花園や湖などをドライブした。

 そのうち娘が、「北見にカーリングの選手がいるのよ」と話し、「カーリングって何?」と訊(たず)ねる私に、笑いながらカーリングがどのような競技なのかを説明してくれた。

 何と、その何年か後の今年の平昌オリンピックに、北見のカーリングチーム「LS北見」が日本代表で女子カーリングに出場し、5人の選手が銅メダルを取った。新聞記事にメダルを見せながら笑顔で写る5人の写真が載り、「あ、この娘(こ)たちが頑張ってくれたんだ!」と、私の娘の話を思い出した。

 時代は変わり、世の中が変わっていく。70年の平和が続いた日本に、スポーツの華が開く。素晴らしいことだ、と改めて老いた私は感銘した。若者が時代を変えていく。スポーツに、文化に、平和な環境の中で、それぞれの才能を伸ばし、人生の花を咲かせる。新しい喜びを、老いた人に与えてくれる。

 闘争と弾丸に散っていった多くの人々のことも、われわれの世代の人間は知っている。靖国神社へも何度も参拝した。われわれの父母が戦争中の苦労の中で育てられた私たちだった。

道博で教えられたこと

 それでも大学英文科卒の父は、役所勤めをしながら進駐軍の通訳をした。道内で戦後初の博覧会だった北海道開発大博覧会(道博、1950年)では、全国から観光客を集め、一躍、旭川の旧陸軍第7師団の軍都が平和のシンボルとなった。

 高校2年の娘だった私も、父の命令で道博のガイド嬢をさせられ、ミス道博と同じ制服を着て「アメリカ館」を受け持ちながらガイドをした。だいぶ後に、東京で会った人から「学生のとき旭川の道博に行きましたよ」と聞き、驚いたものだ。

 4年もの太平洋戦争は、後の人々に、若者に、平和の尊さ、喜びを教え、人間の知性と能力は平和の中で育つことを教えてくれた。

 平和な時代は素晴らしい。人間の知恵と、喜びは、平和な世の中で初めて花開くものだ。その結果が今回の平昌冬季オリンピックといえるだろう。

 閉幕した後も何度か思い出している――「カーリングって何?」と訊ねた私に、北見の娘は笑顔で説明してくれた。今その5人の「LS北見」の笑顔が、銅メダルを手に新聞に載った。私も“カムサハムニダ”と呟(つぶや)いた。

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