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報道の自由とは何か ~官房長官会見から見える政治報道

世日クラブ講演要旨

国民の知る権利超え特権化

政治ジャーナリスト 安積明子氏

【関連動画】東京新聞記者は会見で優遇されている

 世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良(ゆずる)・近藤プランニングス代表取締役)の定期講演会が6月13日、都内で開かれ、政治ジャーナリストの安積明子氏が「報道の自由とは何か~官房長官会見から見える政治報道」と題して講演した。安積氏は、菅義偉官房長官記者会見で、官邸が昨年12月に東京新聞社会部の望月衣塑子(いそこ)記者の質問を「事実誤認」とし、内閣記者クラブに問題意識の共有を求める申し入れを行ったことを発端とする官邸と東京新聞とのバトルについて、会見の現場で見聞きした情報を基に、一連の問題を分析した。2月5日に新聞労連が「報道の自由の侵害」だとして官邸に抗議する内容の声明を発表したことでこの問題が大きくなったと指摘し、「彼らが主張する報道の自由は、国民の目線を超えて特権化され、既存メディアのおごりを感じる」と述べ、「報道の自由が蔑(ないがし)ろにされている現状を知ってほしい」と訴えた。以下は講演要旨。

「メディアのおごり」露わ
記者会見での質問権侵害

 現在、官房長官会見において、官邸と東京新聞社会部記者とのバトルが発生している。質問の途中で、「質問は短くしてください、次の質問で最後にしてください」と遮られる。これに対して東京新聞が検証記事を出した。官邸から、「事実に基づかない質問はやめてほしい」という申し入れの内容を記したペーパーが昨年12月、内閣記者クラブに貼りだされた。ところが、それについて内閣記者クラブは何も言わなかった。その事実を2月1日発売の「選択」という雑誌が報じた。それを受けて2月5日、新聞労連の委員長が、「報道の自由が侵されている」と言って官邸に抗議をした。

安積明子氏

 あづみ・あきこ 兵庫県出身。慶應義塾大学経済学部卒。1994年に国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、参議院議員の政策担当秘書を務めて執筆業へ。テレビ、ラジオに出演のほか、ニコニコ動画で「あづみの永田町チャンネル」を配信。2017年東洋経済オンライン年間MVP受賞。著書に「『記者会見』の現場で見た永田町の懲りない人々」など多数。

 報道の自由というのは、憲法21条「表現の自由」に基づいている。国民の知る権利に奉仕するものとしての報道の自由がある。今回における「報道の自由」は、国民の知る権利を超えて、特権化され、悪用されているようにしか思えない。その最たるところは、この問題について東京新聞から出てきた「記者は国民の代表である」という言葉だ。

 国民の代表と思うのは自由だが、それを国民に押し付けるのはいかがなものか。そう主張するのならそれなりの行動をすべきで、品格を持って質問してもらわないといけない。一企業にそこまでの役割を果たさせるのは難しい。

 反権力であれば、正義なのか。ありきたりの反権力=正義というこの公式が必ずしも通用するものではない。「官邸=権力」で、アンチ権力と言ったら正義というふうに見なされていないか。単に巨大なものに挑む方が正しいことを言っているといった先入観で見られて、権力はいつも悪いと見られている可能性が非常にある。初めから、官邸=悪、政権=悪としか考えていない。何が悪かと聞いたら答えられないだろう。

 彼女らに対して、「既存メディア」のおごりを感じる。官房長官記者会見は月曜から金曜日、午前と午後の2回ずつ。そのうち、フリーランスが入れるのは金曜の午後のみ。社団法人日本専門新聞協会加盟社などの推薦書がいる。

 フリーランスが会見に出席するためには、大手の推薦を受けた後、雑誌などに署名原稿を月に1回以上、3カ月続けて出さないと出席できない。しかも、副長官の会見になると入れない。盆休みなどの期間になると午後には会見がなくなり、週に10回ある会見の10分の1も入れない。だが、望月氏は社会部で、政治部でないにもかかわらず、副長官会見にも入れている。私はフリーランスとして独自の視点で記事やコメントを書いて発信している。東京新聞は官房長官の番記者がいて、新聞社として情報を取るという観点では当番がいる。そういう体制でありながら、なぜ彼女が入る必要があるのか。彼女が大きく取り上げているのは、官房長官会見について東京新聞が検証したときくらいだ。

 自ら問題を起こしてそれを検証するというのは、マッチポンプだ。望月氏が入ると、質問の機会が失われる。彼女の質問が最後に回される。司会役の室長が、「次の質問で最後にしてください」と言う。1回質問をして途絶えても、次の質問者の間に、前のことを深く掘り下げて質問したいときに、その機会がなくなってしまう。最後に質問を回すことによって、ほかの人の質問権が制限されてしまっている意味では非常に問題があるのではないか。

 この一連の問題を大きくしたのが新聞労連委員長の南彰氏だ。南氏が抗議声明を出すと、これに弁護士や大学教授などが素早く反応し、署名活動やデモに参加した。実態も分からず、単に政権VS個人の戦いにおいてイメージするのは、権力よりも個人の方が正義。そこに報道の自由という言葉が入れば、とても危険だと思った。だが、彼らの主張は官邸が悪いという言い分が多く、根拠は極めて薄弱だった。

 声明発表後、ネットメディアのハフィントン・ポストに望月氏を擁護する南氏のインタビュー記事が掲載された。その中で会見にネットの記者は入れないことについてどう思うかと聞かれ、「どんどん入って質問してください」と答えた。そうは言うものの、かつてのフリーランスによる会見解放の動きに賛同してくれたかといったら、本当に口だけで何もしなかった。南氏は望月氏を擁護するためにフリーランスのことを言わざるを得なくなった。

 新聞労連は、望月氏が所属する中日新聞の労組が入っていない。自分の傘下のメンバーでない彼女を擁護する必要があったから「報道の自由」を持ち出した。だがそれは得手勝手であって報道の自由でもなんでもない。視点が国民視点でない。国民のためではなく自分たちのためだ。そこであわててフリーランスも、ということで入れた。われわれは報道の自由を求めてフリーランスと共に戦おうと発言した。

 望月氏の質問の仕方は、自分の思い通りのことを言わせようとしている。少なくとも敬意を持って質問したらこんなトラブルは生じない。報道の自由とはかけ離れた、常識があるかないかの話になってしまう。報道の自由は官邸の中で極めて蔑ろにされているという現状があることを知ってほしい。

 本来だとフリーランスは望月氏以上に、立場的には官邸と対立しないといけない。だが、彼女だけ突出して対立しているようになっている。それが面白いから周りがもてはやしている。それは本来の報道や政治の現場とは全然違うということを心に留めて、ニコニコ動画などで長官会見の中継を見てほしい。どういうふうなやり取りがあるのか、正義、善悪はどちらにあるか、見る人自身が判断すべきだ。

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