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沖縄の終わらない土地の戦後処理

県全体で100万平方㍍が所有者不明
個人所有の証拠発見で那覇市議会追及

 沖縄戦終結から74年。沖縄本島は米軍による砲撃や基地建設で元の地形が分からなくなり、現在も所有者不明の土地が多く存在する。県全体で約100万平方㍍、那覇市はその3分の1を占めている。同市ではこのほど、約2万平方㍍の個人所有を示す証拠が見つかり、市議会で問題となったが、市は「適正保存」を理由に返還要求には応じない構えだ。(沖縄支局・豊田 剛)

地主の名前に市職員も、市は「適正保存」主張、返還拒否へ

終わらない土地の戦後処理、県全体で100万平方㍍が所有者不明

市の対応を追及する久高友弘議員=13日、那覇市議会

 「沖縄ではいまだに戦後処理問題が山積する。その中の一つが土地計画で、所有者不明地が山積している。那覇市は戦後の混乱のどさくさに紛れて、地主がいる土地を文書偽造し、自分の土地にしてしまった」

 久高(くだか)友弘議員は13日、那覇市議会の代表質問で強い口調で訴えた。

 問題の土地は、水道局が管理する那覇市北部(当時は真和志(まわし)村)の一等地にある敷地だ。昭和8年に真和志村の浄水場ができた。そのうち、約2万平方㍍の土地は、池宮城(いけみやぎ)必達(ひったつ)氏が、大正13年に土地登記していたもの。ところが那覇市は昭和36年、所有権を申請し、市有地に編入した。

 これに対し、土地相続人で池宮城の孫の村山貴子さん(89)は平成17年、知人の協力を得て、那覇市水道局を相手取って土地所有権確認請求訴訟を那覇地裁に起こした。訴訟では「不動産侵奪した泥棒が時効を根拠に開き直るのは、市民として納得できない」と主張したが、長年、所有権の異議申し立てがなかったことを根拠に「時効」と判断され敗訴した。

終わらない土地の戦後処理、県全体で100万平方㍍が所有者不明

議場で土地所有を示す証拠書類の写真が映し出された=13日、那覇市議会

 ところが、同年の判決言い渡し直前、墓の中に隠されていた土地売買契約証明書、土地登記証明書、土地売買金受領証登記簿、財産目録が見つかった。戦禍から守るため、必達氏が、登記証明書の証人となった男性に託して墓の骨壺の中に隠したものと推測される。

 県の所有者不明土地は、平成29年度現在で2707筆、広さにして98万2394平方㍍に上る。中でも那覇市は全体の3分の1を占める。

 戦後、米統治下の沖縄で昭和21年から5年間にわたり土地所有権認定作業が行われた。各市町村の字に土地所有権委員会が設置され、所有権認定作業が行われた。土地の所有者が隣接地主2人の連署を添えて土地所有権申請書を委員会に提出。調査測量を経て、市町村長が土地所有権証明書を交付し、これに基づいて登記した。

 土地所有権申請がなかった土地、土地所有権証明書が受領されなかった土地については、「所有者不明地」として琉球政府が管理してきたが、復帰後は県と市町村が管理してきた。

 市当局は「那覇市が土地所有申請を適切に行い、適正に保存登記している」と主張する。これに対し、久高氏は「那覇市は公文書偽造の犯罪を犯している」と声を荒らげた。那覇市が所有する当該土地の所有申請書には、2人分の地主のサインが必要だが、隣接地主が10人を超えているにもかかわらず、地主ではない市の土地所有権委員会の委員2人が署名しているのだ。

 久高氏は「池宮城氏の8筆の土地はすべて登記されていて、証拠がそろっている。そのうち5筆は那覇市に取られたものだ」と指摘した。しかし、沖縄は戦禍と戦後の混乱で土地所有の証拠を示すことが難しい。

 貴子さんは、平成18年、財産管理を義理の娘に託している。久高氏によると、近く、改めて土地所有権確認訴訟を提起するという。

 県顧問弁護士は、「戦後74年も経過した土地の所有権が自分にあることを証明することは相当に困難で、市が時効取得を主張するのは通常だ」と言う。一方、戦争被害を受けた沖縄県の特殊事情は考慮する必要があるが、現在の法律論では難しいと指摘する。

 県では、平成24年度から、国の委託を受け、所有者不明土地の測量や所有者につながる情報の聞き取りなどを行う実態調査に取り組んでいる。久高氏は「まず県や県議会が問題意識を持って、戦後処理の一環として国会で取り上げてもらうよう働き掛けるべきだ」と主張した。

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