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岩波が中止を要求、幻となった連載最終稿

 筆者が琉球新報記者4人組による信じ難い暴挙の件について会見しなかった理由はただ一つ、親友である嘉数(かかず)武編集長の苦しい立場を考慮したからだ。その時、筆者も嘉数氏も「大江・岩波」裁判が筆者の長期連載に影響を及ぼすことになるとは全く考えていなかった。

 2007年6月18日の1週間前、筆者は「パンドラの箱を開ける時」の内容を発表し、その第2話で慶良間諸島の「集団自決」について真相をありのままに告げることを予告していた。これに気が付いた岩波書店の「世界」編集長の岡本厚氏が週末に前泊博盛記者に連絡し、彼を東京に呼び出し、「上原の連載をストップしてくれ」と頼んでいたのだ。


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