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「社の方針」で連載中止、表現の自由奪った新報

 1996年6月に筆者が発表した「沖縄戦ショウダウン」の中で、沖縄タイムスの『鉄の暴風』を徹底的に批判したことがあった。その時、タイムスとライバル関係にあった琉球新報の記者たちは「よく書いたな」と喜んでくれたものだが、2006年には事情が一変していた。

 05年には新報の記者の中で唯一、筆者とウチナーグチ(沖縄の方言)で話す親友の嘉数武記者は編集長に昇進し、張り切っていた。彼は、筆者が「1フィート運動」や「沖縄戦メモリアル運動」、すなわち「平和の礎(いしじ)」で大田昌秀氏や石原昌家氏らエセ文化人、知識人らにヒドい目に遭っているのを熟知していたから、「これから夕刊に、君のために特別な枠を用意するから、沖縄戦について何年でも自由に書いてくれ」と(ウチナーグチで)話した。筆者は勇気百倍、ドンドン書いてやるぞ、と武者震いした。


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