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怒号飛び交い「反基地集会」化した翁長氏県民葬

官房長官に野次

 沖縄県議や那覇市長を歴任し、知事在任中に膵臓がんで亡くなった故翁長雄志氏(享年67)の県民葬が9日、那覇市で開かれたが、野次や怒号が飛び交い、厳粛さに欠く見苦しいものとなった。

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翁長氏の祭壇に献花した菅義偉氏=9日午後、沖縄県那覇市の武道館

 最初は厳粛だった。しんみりとした沖縄民謡が奏でられる中、今月就任したばかりの玉城デニー知事が翁長氏の遺影を手に、翁長氏の妻樹子氏が納骨箱を手に、ゆっくりと入場した。

 野次や怒号は、玉城デニー新知事に次いで菅義偉官房長官が政府を代表して追悼の辞を述べた時に起きた。

 菅氏は、「翁長知事は文字通り命懸けで沖縄の発展に尽くされた」と功績に敬意を表した。基地問題については翁長氏が沖縄に米軍基地が集中する状況を打破しようと力を注いだことに理解を示しつつ、「沖縄に大きな負担を担っていただいていることは到底是認できない。政府としてできることはすべてやる。基地負担軽減に向け、一つずつ確実に成果を出す」と語った。すると、会場後方の一般席から「うそつき」「帰れ」といった声が沸き起こった。とても追悼の雰囲気ではない。

 一方、玉城氏や翁長氏の後継の城間幹子那覇市長、友人代表の金秀グループの呉屋守將会長らが、翁長氏が辺野古移設反対を貫いた姿勢を評価すると、大きな拍手が沸き起こった。

 まるで「オール沖縄」が主導権を握る反基地「県民大会」の様相だ。県民葬の最後に、在りし日の翁長氏の映像がスクリーンで流れると、「ありがとう」という叫び声や拍手、指笛が鳴り響いた。一部の参列者にとっては、「追悼」よりも「辺野古反対」というイデオロギーが優先なのだ。謝辞で新里米吉県議会議長が「厳粛にしめやかに行えたことに主催者を代表して感謝します」と読み上げたが、冗談にしか聞こえなかった。

 毎年、6月23日「慰霊の日」に沖縄県糸満市で開催する沖縄全戦没者追悼式典も、4年前に翁長氏が知事に就任して以来、野次や怒号など参列者のマナーの悪さが浮き彫りになっている。翁長氏が「右も左もない」「イデオロギーよりアイデンティティ」と、「オール沖縄」を掲げた結果が、イデオロギー対立の激化だとしたら、翁長氏も浮かばれない。

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