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親族「殺した」金城牧師

星雅彦氏

沈黙破った隠れた主人公

 前回、沖縄の新聞やテレビで乱用されている「集団自決」「強制集団死」という並列表記の起源が伊佐良博氏の『鉄の暴風』で使われた造語にあることを記し、安仁屋政昭、石原昌家、林博史の3氏の責任を指摘した。

 ここからは、渡嘉敷村と座間味村でいったい何が起きたのか検証する。

 <1970年3月26日那覇空港。「何をしにノコノコ出てきたんだ!今ごろになって!」「お前は300人以上の沖縄県民を殺したんだぞ!土下座してあやまれ」怒号のアラシが赤松嘉次を襲った。>

 赤松氏は翌年の月刊誌『潮』11月号で「私は自決を命令していない」と題する手記を発表した。その衝撃的な内容は後で紹介するが、戦時中の部下15人と共に渡嘉敷島を招待訪問することになっていた赤松氏にとって異様な出迎えとなり、その後の人生にも大転換をもたらすことになった。


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