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豪州における親中工作 標的の社会的エリート

学界で仕掛ける思想戦

 世界がコロナ禍に翻弄(ほんろう)され続けた一年だった。170万人以上の命が失われるなど、多大な犠牲を強いられた。一部の国ではワクチン接種が始まったが、コロナの猛威の中で新年を迎えようとしている。

 そんないまいましい新型コロナだが、これからの国際政治を考える上で、“前向きな”変化も出てきた。中国共産党の狡猾な強権・全体主義に対する認識が欧米諸国で急激に厳しくなったことだ。

 ウイルス感染の初期における情報隠蔽(いんぺい)や香港・新疆ウイグル自治区などにおける人権弾圧、そして「戦狼(せんろう)外交」と呼ばれる好戦的な姿勢に対しての反発が強まったことが大きく影響している。

 コロナ禍によって高まった中国への警戒感という視点から見ると、「Wedge」2021年1月号の特集「取られ続ける技術や土地 日本を守る『盾』を持て」には、安全保障と安定した経済関係のバランスなど、日本が今後の対中外交を考える上で非常に示唆に富む論考が並んでいる。

 中でも興味深いのは、クライブ・ハミルトン(豪州チャールズ・スタート大学教授)へのインタビュー「世界中に広がる“親中工作” 『イデオロギー戦争』の実態とは?」だ。

 豪州のスコット・モリソン首相が率いる保守の自由党政権は4月、新型コロナの発生源について国際調査すべきだ、と世界保健機関(WHO)年次総会に向けて呼び掛けたところ、中国は同国からの農畜産物輸入を制限するなどの報復措置を取り関係悪化に拍車を掛けている。しかし、同政権は圧力に屈しない姿勢を取って国民の支持を得ている。

 インタビューを行い解説を書いた奥山真司(国際地政学研究所上席研究員)によると、ハミルトンは「いわゆるリベラル、環境左派に属する学者であり、メディアなどでも積極的に発言をしている豪州の代表的な知識人の一人」。かつて「緑の党」から連邦議員選に立候補し落選した経験もある。

 今年2月には、豪州に浸透する中国共産党の工作を解明した本「サイレント・イノベーション」(静かなる侵略)を出版したが、豪州だけでなく欧米諸国の対中国観を変えるほど、衝撃的内容を含んでいる。著者が左派の学者であることも、本の説得力を増している要素の一つであろう。

 出版に際しては、契約を取り付けた出版社が草稿を編集に送る段階になって出版を断ってきたという困難に直面した。著書の「序」でハミルトンは「彼らは北京政府からの報復や、オーストラリア国内にいて中国共産党のために行動している人々のことを恐れていたのだ」と暴露している。

 その日本語版「目に見えぬ侵略―中国のオーストラリア支配計画」の前書きでは、「すでに日本には、北京の機嫌を損なわないようにすることが唯一の目的となった財界の強力な権益が存在する。中国共産党率いる中国との貿易と投資に関する協定が日本によって『毒杯』となりうる理由は、まさにここにある」と、警鐘を鳴らしている。

 豪州では中国出身の実業家が政治家に高額な献金を行っていたことが発覚し、政治スキャンダルとなったが、インタビューでハミルトンは「日本や豪州のような国においては、財界に新北京派をつくり出したり、大学に働きかけて北京に都合の良い形の議論だけをさせる、いわゆる『言説コントロール』を仕掛けたりしている」と指摘しているように、日本で主な標的となるのは財界と学界だという。

 ここで思い浮かぶのは現在、組織改革の必要性が叫ばれる「日本学術会議」の問題だ。周知のように、同会議は1950年、「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない決意の表明」を、また67年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を発表した。その流れの中で2017年には、安全保障技術研究推進制度に反対する声明を出している。

 研究成果が科学者の意図を離れて軍事目的に転用される危険性があるとして、わが国の安全保障のための研究に厳しい姿勢を示しておきながら、15年には「軍民融合」を実践する中国の「中国科学技術協会」と協力覚書を結んだ。

 これに対しては「二重規範ではないか」と批判を受けているが、覚書を結んだ大西隆会長(当時)は民放テレビで「こういった科学アカデミー同士の付き合いは善隣友好関係。中国の軍事技術の向上には関わっていない」と釈明。しかも、別の場面では「相手から求められたから結んだ……相手から要望されれば断ることもないだろう」と、お人好しぶりを発揮している。

 だが、覚書の締結を求めてきた中国側の狙いは軍事技術だけではないはずだ。その思惑を推し量る上で、ハミルトンは重要な指摘を行っている。

 「北京は国際的な『言説』、つまり世界中の人々に対して中国の立場や中国共産党についての見方や考え方の議論そのものをコントロールしようとしている。それゆえ、北京は大学への浸透に力を入れている」

 学界、財界などさまざまな分野における人的交流を「相手の思想のコントロールにつなげ、中国と北京に対する対象国の考えを変えていく」、それが前述した「言説コントロール」であり「思想戦」だというのである。その標的になるのは、大学だけでなく、シンクタンク、ジャーナリスト、評論家たち。「目に見えぬ侵略」の続編「見えない手」が年内に、日本の書店に並ぶ予定だが、その新刊はこの点に力を入れて執筆したという。

 一方、米国のピュー研究所が今年秋、発表した意識調査では、日本などの国民の80%以上が中国を嫌っているという結果が出た。これについてもハミルトンは鋭い指摘を行っている。

 「彼らは、他国の一般国民がどのように考えているかは気にしていない。彼らにとって大事なのは、他国のエリートである権力を持った人々がどう思うか、だけなのである……彼らは常にエリートたちにだけ注力するのだ。北京が他国の政財界や大学、そして社会的なエリートたちの頭の中に影響を及ぼしたいと考えているからだ」

 「学者の国会」と呼ばれる日本学術会議の学者たちは、そのエリート中のエリートだから、中国の人的交流の標的となっていると考えるべきだし、無自覚かもしれないが、「親北京派」として中国共産党のプロパガンダに手を貸している人物がかなり存在すると警戒した方がいいだろう。

 とはいえ、日本にとっても豪州にとっても中国はビジネス面では欠かすことのできないパートナー。「そのあまりにも綿密かつ複雑に構築されたサプライチェーンのおかげで、当面の間は安全保障の面から中国経済と『デカップリング(分離)』をするというのは不可能に近い」(奥山)

 だから、「中国に付けいる隙を与えない法制度を含めた体制づくりをする」ため、「中国共産党の工作手法を多くの日本人が詳しく学ぶとともに、政治面では日本としては『譲れない一線』を明確にすることだ」と、奥山は訴えている。(敬称略)

 編集委員 森田 清策

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