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新聞週間で苦言投稿相次ぐ朝日だが慰安婦虚報に反省ない木村社長

◆世論誘導を読者批判

 新聞週間にあたって各紙が特集を組んでいる。朝日は一連の虚報問題に対する読者の声(投稿)を「読者からの叱咤 耳を澄ます 襟を正す」との見出しで、2ページ見開きで掲載した(15日付)。その中にこんな投稿が載っている。

 「祖父の家に戦前の縮刷版があり、高校時代に読みふけった。国威発揚の記事に覆われていた。戦後の朝日は戦前の反省から出発したと理解しているが、おおむね相手が国家から国民に移っただけだった。今回の慰安婦や吉田調書の報道も、主義主張に合う材料を組み合わせて、持っていきたい方向に世論を導こうとしたとしか思えない。権力におもねり、世論操作に加担した戦前のDNAが受け継がれているのではないか」(埼玉県 会社員54)

 日経の芹川洋一論説委員長も、朝日の木村伊量(ただかず)社長が謝罪会見で「吉田調書」の虚報の原因を「チェック機能が働かなかった」と述べた点について「はたして思い込みや記事のチェック不足だけが原因と言いきれるのだろうか。脱原発の立場で政府や東電の責任を問うという立場から、報道の力点の置き方が微妙に変わってくることはなかったのか」と、故意の世論誘導の疑問を呈している(13日付)。

 朝日の投稿には次のようなものもあった。「(集団的自衛権の)賛成論をほとんど載せない紙面構成に違和感を覚えた。賛成論を掲載しないことは、読者の判断材料を奪うことに他ならない。こうした閉鎖的な空気が、慰安婦報道の訂正の大幅な遅れにつながったのではなかろうか」(東京都 大学生18)

◆キャンペーンは疑え

 集団的自衛権問題では毎日も異様なキャンペーンを張り、読者の判断を奪ってきたように思えるが、佐藤千矢子論説委員は「反対の論陣を張りながらも賛成論にも耳を傾け、感情的な表現を避けるように心がけた」としている(15日付)。が、これを真に受けることはとうていできない。

 産経は集団的自衛権をめぐる論調を特集し「扇動的表現で不安あおる朝毎」と断じ(17日付)、毎日について今年5月16日付社説で「集団的自衛権が戦争への道をひらく面があることを忘れてはならない」と“朝日ばり”に扇動していたと指摘している。

 朝日の投稿にはこんなのもあった。「ここ10年ほど、記事の書きっぷりに共感できないことが多くなってきた。特に、社会にインパクトを与えようとキャンペーンを張る時にそれを感じる。我々は正しいのだからどんな表現も許されるという傲慢(ごうまん)さが見える。今回の問題の根っこにあるのはその傲慢さではないか」(大阪府 無職64)

 このように朝日の投稿には正鵠(せいこく)を得た指摘も少なくない。これに対して朝日幹部らは「出直すための出発点だと考える」(大野博人論説主幹)「謙虚に原点回帰」(長典俊ゼネラルエディター)などと神妙に反省の弁を述べているが(15日付)、心底からそう思っているのか疑問だ。

◆産経社長が批判発言

 そもそも木村社長に慰安婦問題への反省がない。新聞大会(15日、新潟市)で読、朝、毎、新潟日報、神戸新聞の5社の社長による座談会が開かれ、その冒頭に朝日の木村社長が「吉田調書を巡る報道をはじめ、一連の混乱を招き、新聞業界全体の信頼を大きく損ねる結果になり、深くおわび申し上げる」と陳謝した(朝日16日付)。

 この発言に対して産経の熊坂隆光社長が「木村社長の発言で、意識的かは分からないが慰安婦問題に関する『吉田証言』に触れていない」と指摘し、「朝日新聞の姿勢を疑って掛からないといけない。読者のイライラの根底は朝日新聞の姿勢にあるのではないか。…きょうのように具体的に挙げられないのは、信頼回復への姿勢に疑問を感じざるを得ない」と、“慰安婦問題隠し”を批判している(産経16日付)

 この熊坂社長の発言は朝日に載っていない。パネリストでなく会場からの発言なので割愛したのかもしれないが、批判の声に耳を澄ますと言うなら、この発言こそ記事にすべきだった。ここにも「主義主張に合う材料を組み合わせて」記事にする体質がにじみ出ている。

 朝日の姿勢は疑って掛からないといけない。熊坂社長ならずとも、そう思わざるを得まい。

(増 記代司)

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