«
»

今回の地震の天啓は緊急事態法の整備を怠る平和ボケ日本への警鐘

◆社会を内省する契機

 スマホが響き始めた。キュイーン、キュイーン、地震です―。13日夜、緊急地震速報で眠気が吹き飛んだ。同時に揺れ始め、次第に大きくなっていく。10年前の恐怖がよみがえってきた。最大震度6強。「天災は忘れた頃にやってくる」。この格言が心に浮かぶ。3・11記念日を待たず、姿勢を正された気がした。

 今週から始まったNHKの大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公、渋沢栄一は関東大震災に際してこう論じている。

 「維新以来、東京は政治経済その他、全国の中心となって我が国は発達してきたが、近来、政治界は犬猫の争闘場に落ち、経済界もまた商道が地に落ち、風教の退廃は有島事件(=作家・有島武郎の情死事件)のごときを讃美するに至ったから、この大災は決して偶然でない」(日刊紙「万朝報」)

 これに賛意を表したキリスト者・内村鑑三は、地震は地質学の自然現象だから、それ自体に正義も道徳もないけれども、人はそこに天罰や天啓を感じ取るとし、「私どもはその犠牲となりし無辜(むこ)幾万の為(ため)に泣きます」と、「主婦の友」誌に寄稿している。月本昭男・立教大学教授(当時)がこの逸話を東日本大震災後に紹介していた(読売2011年4月18日付「いにしえとの対話」)。

 震災を「天罰」と感じた石原慎太郎東京都知事(当時)は、それを口にして批判を招いたが、真意は我欲に陥って本質的に堕落している日本を改革したいところにあると後述している。心のアンテナを高くかざしている人々にとって震災は国や社会を内省する契機となるのだろう。

◆3党合意を棚上げに

 メディアには内省とは言わないまでも、教訓は忘れてほしくない。11年3月、新聞は2段ぶち抜きの特大見出しを連日張った。「東日本 巨大地震」(読売12日付)から始まり、「福島原発で爆発」(毎日13日付)、「放射能 広範囲に」(産経16日付)などと続いた。明日はどうなる。暗澹(あんたん)たる思いが列島を覆った。

 海外なら間違いなく有事だ。米国では大統領が非常事態を宣言し連邦緊急事態管理庁(FEMA)が地域一帯を支配下に置いて救援に当たる。日本では憲法が緊急事態を語らず、全てが平事だ。

 それで救援・復興にはさまざまな縛りがあった。民間救援ヘリが福島第1原発から30キロ内の屋内退避地域の人々に物資を投下しようとしたが、それには届け出が必要で勝手な投下は違法とされた。まるで悪い冗談だ。

 これに対して有事態勢を強く主張したのは本紙と産経だけだ。本紙は「国家存亡を決する事態を招きかねない」とし、緊急事態法の早期制定を求めた(13日付社説)。産経は国会に緊急事態法の制定と緊急事態宣言を促す勧告決議の採択を求めた(17日付主張)。ところが、読売を含め他紙は平時姿勢に終始した。

 緊急事態法は何も一部保守の専売特許ではない。自民、民主、公明の3党は2004年5月に緊急事態基本法(仮称)の骨子を了承し、次期通常国会に提出することで合意している。同年10月に新潟中越地震が発生したが、それでも棚上げにされた。そのツケが3・11に回ってきた。

◆コロナ禍も同じ課題

 被災地では自衛隊、警察、消防、医療関係者、地域住民らが総力を挙げて救援活動に当たったが、食糧や水、燃料、医薬品などが底を突き、命の危機にさらされる人も出た。危機管理の要は「司令塔」だ。情報を一元化して全体像をつかみ、高所から的確な方針を出し、危険度の高い問題から解決していく。その態勢づくりが必須だ。それが教訓だが、コロナ禍でも同じ課題を突き付けられた。

 それにもかかわらず、多くの新聞は喉(のど)元過ぎればで、沈黙している。3党合意案は緊急事態に「直接・間接侵略」も挙げている。法整備を怠れば、領土を奪われても日本は何もしないという誤ったメッセージになりかねない。今回の地震の天啓は平和ボケへの警鐘ではあるまいか。

(増 記代司)

8

コメント

コメントの書き込み・表示するにはログインが必要です(承認制)。