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「天安門」外交文書の公開で対中融和政策の失策を指弾し見直し迫る産経

◆米と同様の誤り犯す

 「ウイルスに年末年始はない」(菅義偉(よしひで)首相)と国民に感染防止の徹底を呼び掛ける。中国・武漢発の新型コロナ禍中の日本は、コロナ・ウイルス第3波の感染拡大への懸命な対応が続く。加えて、英国などで広がるウイルス変異種の国内感染予防措置として旧臘(きゅうろう)28日からは、全世界からの新規入国を停止。観光支援事業「Go To トラベル」も全国一斉に停止する中で迎えた年末年始である。

 <ウィズ・コロナ>で迎えた新年であるが、それでも日本と世界の前に立ちはだかる大きな問題はコロナ禍の克服だけではない。戦狼(せんろう)外交、力による現状変更のごり押しで世界の平和・平穏を脅かす中国の横暴をどう抑圧するのかは、ウイルス対策に劣らない今年の世界の重要課題である。

 折しも旧臘23日には中国(共産党)の暴力性が全世界に印象付けられた1989年6月の天安門事件から30年が過ぎ、事件をめぐる当時の外務省・外交文書が公開された。米国は昨年、長年にわたった中国に対する関与政策(経済的関与が中国の民主化につながるとした政策)が誤りだったと認め、政策を大転換したが、文書は日本も結果的には同様の誤りを犯したことを明白に示した。

 文書に対する各紙論調の総括が、政府に反省や教訓とするよう求めたのは当然としても、それでもやや及び腰の印象が残る。朝日(24日付)は「非道な人権侵害に対し、日本はあまりに懐柔的な対応をしたのではないか。冷徹に検証を進め、教訓を得るべきだろう」と批判するも柔らか。以下、本紙(26日付)は「外務省がこのほど公開した文書で、天安門事件に関するわが国の融和外交の蹉跌(さてつ)が明らかになった」と指摘し、読売(28日付)は「経済的な協力を続ければ、中国が自由で開かれた国になるという見通しは結果的に誤りだった。政府は、対中外交の歴史を今後の教訓として生かす必要がある」と諭すが、踏み込みは浅い。

 一方、産経(25日付)は「日本の対中外交の重大な失策が外交文書の公開で裏付けられた。政府は真摯(しんし)に反省し、対中融和姿勢を見直す契機としなければならない」と政府に対しこれまでの政策の見直しにまで厳しく迫る。

◆中国強大化を助ける

 天安門事件は、中国の共産党政権が民主化を求める学生たちを武力弾圧し、多数の死傷者を出した事件である。欧米諸国が対中制裁に動く中で、日本政府は当初から人権問題軽視の融和的な姿勢で臨んでいたことが文書から分かった。

 当時はボンクラと言われ、女性スキャンダルの短命政権(69日間)で知られる宇野宗佑首相だったが、日本の反対で事件から約1カ月後の先進7カ国首脳会議(G7サミット)は共同制裁を見送った。日本はその後も天安門事件を何ら反省しないままの中国共産党政権の国際社会復帰に加担する誤りを繰り返してきた。「(覇権主義的行動で)脅威となった中国を育てた責任は日本にもある」(産経)のだ。

 こうした問題は、朝日ですら「結果的に日本の思惑を裏切る方向に中国は進んだ。経済は急速に発展したが、いまも事件の過ちを認めず、民主化にも背を向けたままだ」「中国では新疆ウイグルの抑圧や、香港での強権行使などが続いている。対中交渉において、こうした問題から目をそむけるわけにはいくまい」と注文を付けるほどだ。

 読売も、日本が中国に厳しい態度を取らなかったことが、中国に「武力弾圧が事実上容認された」と誤ったメッセージになったのではないかと指摘。巨額の円借款供与など中国を支援するも「国民生活が豊かになれば、やがて国際社会と協調的な姿勢に変わるという日本政府の期待は外れた」と失望するが、この教訓をどう生かすのかの具体策がないのはもの足りない。

◆習氏来日の白紙化を

 これに対し本紙は「中国の習近平国家主席の国賓来日も白紙撤回すべきだ」と迫る。産経は最近の中国の菅政権へのアプローチは「天安門事件後に日本に接近し、制裁打破の突破口に利用したのとそっくりだ」と看破。菅政権に「香港やウイグルなどの人々の人権問題をもっと重視すべきだ。習国家主席の国賓来日は事実上の凍結では足りず、早急に白紙に戻」すよう迫った。同感である。

(堀本和博)

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