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首相の辞意表明、忘れてはならぬ安倍家と朝日との熾烈な「60年戦争」

◆虚報・捏造、訂正せず

 安倍晋三首相が辞意を表明した。持病の潰瘍性大腸炎が悪化し「病気と治療を抱え、体力が万全でない苦痛の中、大切な政治判断を誤ることがあってはならない」というのが理由だという。大腸炎の発症は10代からというから、実に50年以上も病と闘ってきたことになる。よくぞ7年8カ月、総理の職を全うされてきたと感じ入る。

 忘れてならないのは、安倍首相にはもう一つの闘いがあったことだ。朝日との闘いである。安倍首相は記者会見で「(北朝鮮の日本人拉致)問題をこの手で解決できなかったのは痛恨の極み」と述べたが、それにも朝日が少なからず関わっている。

 1950年代には北朝鮮を「地上の楽園」と報じ、朝日(ちょうにち)新聞と揶揄(やゆ)されるほど「韓国=悪」「北朝鮮=善」の論調を張った。そうした言論空間を背景に北のスパイが易々(やすやす)と侵入し、日本人拉致を許した。それを阻止しようとスパイ防止法制定運動が高まると、これに大反対した。

 安倍首相にとって許し難いのは、朝日が「慰安婦=強制=性奴隷」の構図をつくり上げたことだろう。82年9月2日付朝刊で、吉田清治氏(本名、吉田雄兎)が韓国・済州島において200人の韓国人女性を強制連行したと証言し、3年間で強制連行した朝鮮人慰安婦は950人に上ると報じた。

 これは真っ赤なウソで、その後、吉田氏自身が「金儲(もう)けのための詐話」と偽証を認めた。ところが、朝日はそれ以降も「吉田証言」を執拗(しつよう)に取り上げた。批判が高まり、2014年8月5日付朝刊で一部記事を取り消したが、虚報・捏造について訂正も謝罪もしなかった。

◆常に反安倍の急先鋒

 朝日が名指しで安倍攻撃を行ったのは05年1月12日付朝刊の「NHK『慰安婦番組』改変」報道だ。中川昭一氏(当時、経済産業相)と共にNHKに改変圧力をかけたとして政治責任を追及した。これも虚偽だったが、朝日は「取材は十分でなかった」としたものの(同年9月)、訂正も謝罪もしなかった。

 問題のNHK番組は「問われる戦時性暴力」と題し、2000年12月に開かれた「日本軍性奴隷を裁く『女性国際戦犯法廷』」を取り上げたものだ。法廷の代表は元朝日編集委員の松井やより氏(バウネットジャパン代表)で、検事役に北朝鮮から2人を招き(後に拉致工作員と判明)、模擬法廷としながら弁護役を置かず、昭和天皇を「強姦(ごうかん)と性奴隷制」の罪で有罪判決を下す異常ぶりだった。

 それでNHK内部でも問題になり、編集幹部が手直しして放映した(それでも偏向していたが)。それを朝日は安倍氏らの政治圧力と断じた。記事にしたのは松井氏の弟子筋に当たる本田雅和記者で、北朝鮮から検事役を招くバウネットジャパンの訪朝団にも同行していた。北朝鮮と結託した「保守潰(つぶ)し」が狙いだったのは明白だ。

 朝日は常に反安倍の急先鋒(せんぽう)だった。第1次安倍内閣では教育基本法改正に反対。09年の民主党政権には「内からの批判」で臨むとしたが(船橋洋一主筆=当時)、12年の第2次安倍内閣では一転して「権力監視こそ新聞社の使命」(曽我豪政治部長=当時)と反権力を宣言した。

◆朝日的言論との闘い

 スパイを抑止できる特定秘密保護法には「言論弾圧法」、安保の空白を埋める集団的自衛権の見直しと安保法制には「戦争法」「戦争できる国」「立憲主義の破壊」のレッテルを貼った。安倍首相が公約に掲げた改憲に猛反対したのは言うまでもない。60年安保では反米・反安保を煽(あお)ったから、祖父の岸信介氏の代から数えれば、安倍家の朝日との闘いは「60年戦争」と呼んでよい。

 一政治家に戻っても悲願の改憲を果たすには潰瘍性大腸炎との闘いだけでなく、朝日的言論とも闘わねばならない。そして勝たねばならない。心ある国民は今後も応援することだろう。

(増 記代司)

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